『HANE』⑩ | 逢海司の「明日に向かって撃て!」

逢海司の「明日に向かって撃て!」

ご注意下さい!!私のブログは『愛』と『毒舌』と『突っ込み』と『妄想』で出来上がってます!!記事を読む前に覚悟を決めてくださいね(^^;。よろしくお願いします☆

ボクは事務室の黒電話の前で固まっていた。

夜の仕事も終ってもう寝るだけの時間なのだけど、ボクは事務室でレトロな電話と睨めっこしていた。

自分の携帯電話は、こっちに来てから一度も充電していない。

きっと料金未納で契約も切れてる。


ボクはひとつ大きく息をすって、ダイヤルゆっくりと回していった。

ずっと使ってない番号だけど、忘れないで覚えている番号。

受話器を耳に当てて、コールが繰り返されるのを聞いている。


2回、3回。

どうしよう、やっぱりこのまま切ってしまおうか。

ボクが迷い始めたそのときだ。


『はい、お待たせしました。野久保です』


自分からかけたのに、相手の声が耳に入った瞬間、ボクは驚いて身体を竦めてしまった。

懐かしい、忘れかけてた母さんの声。

少し弱々しく聞こえるのは、距離が遠いから?


『もしもし、どちらさまですか?』


驚愕してしまい、ボクは言葉が何一つ出てこなかった。

このまま黙っていたら、たちの悪いいたずら電話だと勘違いされる。

それとも勘違いされて切ってもらったほうが良いのだろうか?

いや、それは良くない。せめて元気にしていると伝えなくては。


でも、声が。

声が喉から出てこないんだ。

まるで言葉が喉の奥に張り付いてしまったみたいに、何も唇に乗らないんだ。


『あの・・・』


電話口の母も困惑しているようだ。

早く、何か言わなければ。

早く・・・!





『直樹、なの・・・?』


焦るほど言葉が逃げていくボクの耳に、母は確かにそう言った。

ボクの名前を唱えてくれた。


『直樹、直樹なのね。お願い、切らないで。話したくなければ何も話さなくて良いから』


駄目だ、喉が詰まる。

答えたいのに答えられない。

喉が苦しくて、呼吸が難しくて、何も、何も話せない。


『つるのさんからお前のコトは聞いてるわ。ちゃんと働いてるそうじゃないの。

どこかで人様に迷惑掛けてるんじゃないかって心配してたけど、杞憂だったみたいね。

こっちに帰りたくなければ戻ってこなくても構わないわ。好きにしてて良い。

ただ、困ってどうしようも無くなったらここに帰ってらっしゃい。

母さんも父さんも兄さんも、お前の力になってあげるから、ね。』


ごめんなさいと伝えたかった。

こんな迷惑と心配ばかりかける息子でごめんなさいって。

だけどボクは何も言えなくて、言葉の代わりに涙ばかりが零れてきて。


母さんは、うんうん、って頷きながら、ボクの嗚咽をずっと聞いててくれた。

最後までボクはありがとうもごめんなさいも言えなかった。

でもいつか、ボクはちゃんと母の目を見てボクの気持ちを伝えたい。


あなたの子供に生まれて、本当に良かったと・・・。







ボクらは一人では生まれて来れなかった。

誰しもが父親と母親の元に生まれてきた。


呼吸するのが精一杯の未熟な身体で生まれて

沢山の手に守られ支えられ育てられた。


どれくらい愛されていたかは分からない。

それは人によって違うものだから。


中には義理とか立場とか建前とか

大義名分で差し出された手もあっただろう。


だけど、


誰かの手が無ければ、僕らはここまで生きてこれなかった。

泣いているだけで潰えてしまう運命だった。


ボクをここまで導いた、沢山の手、手、手。

その手に報いるために、今、ボクは生きているのだ。


剛にぃや雄ちゃんに出会って、

ボクはようやくそのことに気が付いた。


生きているだけで、ボクは一人ではなかったのだと。





続く