愛知学院大学商学部青木ゼミのブログ

愛知学院大学商学部青木ゼミのブログ

愛知学院大学商学部青木ゼミの活動を報告するためのブログです。青木ゼミは小売業を中心とするマーケティング専門のゼミです。

2026年6月28日(日)、日進キャンパスにて、学校法人愛知学院創立150周年記念のイベントとして、シンポジウムが開催されました。池上彰(本学特命教授)をファシリテータとして、斎藤幸平(東京大学准教授)、カズレーザー(芸人)、吉村臨兵(本学教授)が登壇しました。テーマは「今世界で何が起きているか。そして、世界はどこに行くのか」で、マルクス思想を軸に現在の資本主義社会の行き詰まりを読み解くという内容でした。

 

本学の図書館はKarl Marx(マルクス)のDas Kapital(資本論)の初版本を所蔵しているのですが、この貴重な本の視座によって今の社会問題を分析することができるか問うてみようという企画です。そのため、マルクス思想専門の斎藤先生をお呼びし、さらに、分かり易い内容にするため芸人のカズレーザーさんをお呼びした次第です。

 

マルクスの思想を政治イデオロギーとして捉えるのではなく、資本主義社会を分析する道具として捉えることが再三強調され、格差社会、環境破壊、過労死など現在の様々な社会問題をマルクス思想によって分析することができるという議論が起こりました。

 

参加者は2千名弱でした。大盛況といえます。ただ、学校法人創立記念イベントであり、今の社会問題を考察する内容であるため、多くの本学学生に聴いてほしかったのですが、学生の参加が多数ではなかったことが残念でした。

 

シンポジウム終了後、マルクス資本論に加え、Charles Darwin(ダーウィン)のOn the Origin of Species(種の起源)初版本、Adam Smith(スミス)のThe Wealth of Nations(国富論) などの本学所蔵稀覯本が公開されました。個人的には、スミスの国富論の内容を解くカギ概念である、神の見えざる手(invisible hand)が実際に現れている原文を読むことができて、有意義な日になりました。

 


毎週ゼミ4年生全員の卒論途中経過を確認しています。今回複数の卒論経過について,「条件を考え出して」仮説を検討せよと指示しました。

 

あるゼミ生が,観光客が道の駅で買い物をする場合,地元客よりも特定商品に対する支払い意思額が高くなる,衝動購買の頻度が上がるなどの仮説を説明しました。調査の際には,年代や性別を聞くので,この属性間で結果に差が出る可能性も説明しました。

 

これに対し,私からは,もっと条件を考え出して,条件によって支払い意思額に差が出るかどうか仮説を検討してはどうかと指摘しました。例えば,観光客と地元客を二分するのではなく,自宅と道の駅までの移動距離(時間)を聞き出して,移動距離という条件が支払い意思額に影響を与えるかどうか考察する。あるいは,観光客,地元客それぞれについて訪問目的(動機)を想定し,訪問目的が支払い意思額に影響を与えるかどうか考察する。さらには,消費者の属性・目的に加えて,購買対象となる商品を複数取り上げ商品特性という条件を掛け合わせて考察するなど。

 

抽象的すぎる大理論では,検証が難しいうえに,社会の実態をうまく説明できません。逆に個別具体的な実践報告では特定の状況の説明に終始し,現象の裏にあるメカニズムや法則性を導くことができません。

 

そこで何か条件を見つけ出し,その条件が結果に影響を与えるのかどうか考察する。条件のついている範囲で思考することになるので,抽象的すぎない議論になります。また,その条件がなぜ(あるいはどのように)結果に影響を与えるのか考察すれば,現象の裏にあるメカニズムを考察することにつながります。

 

今日は卒論について,「条件」の話をゼミ生たちにしましたが。3年生が手掛けている研究発表のテーマ検討でも同じです。社会科学的現象を学問的に取り上げる際には,現象が起きる過程とそれに影響を与える条件を見つけ出す思考を心掛けてほしいと思います。

商学部において、今年度2年生に対するゼミ生募集活動が始まりました。青木ゼミを志望する学生はこのブログを必ず閲覧して応募すべきであると、募集パンフレットに記載しています。ゼミの活動状況と担当教員の教育方針をきちんと把握したうえで、応募して欲しいからです。伝聞に惑わされず、ゼミの活動実態を直接見聞きしたうえで応募する旨一次選考の案内に明言していますので、できればこのブログの記事を多く閲覧し、ゼミの見学をしたうえで、応募して欲しいと思います。


学生は卒業要件を満たすために多くの科目を履修しなければなりません。講義によっては、必修科目だから仕方なく受講するというものがあります。面白くないし、自分のためになっているかどうか不明である。したがって、モチベーションが維持できないとこちらに話しかけてくる学生がたくさんいます。私が学生の頃もそのようなことはありました。

ただ、ゼミや卒論はきちんと取り組んで欲しい。なぜならば、調査研究は学生が主体的に考え行うべきものだからです。主体的に取り組む事柄は、過程も結果も自らがコントロール可能であるため、たいてい面白く、モチベーションが高まります。もし面白くない研究テーマならば、変えてしまえばよいのです。

ゼミによっては研究テーマが教員から与えられる場合があります。学部学生に研究テーマ選択をやらせてもうまくいかないので、教員がある程度指示すべきという考えには教育的配慮が込められていると理解しています。学生が研究テーマを一から考え抜くのは難度が高いことを理解しています。しかし、うちのゼミでは、学生に一から案出してもらいます。なぜならば、教員が指示をしてしまうと、学生が自ら考え抜く訓練にならないからです。

研究テーマをこちらから与えてしまうと、「先生から与えられたテーマだから」と捉え、学生自らが、なぜこのテーマを研究するのか、このテーマに特定の理論を当てはめる理由は何か、このテーマを進めるにあたって必要な調査はどうすべきかなどを深く考えないで、調査研究を進めてしまいがちだからです。そして、主体的に動かず、細かな進め方について教員に指示をいちいち仰ぎがちになります。

自らで考え抜く力を養いたいと思う学生に応募して欲しい。そのため、このゼミでは、週に1度、演習の時間に出席さえしていれば単位が取れるということはありません。毎回ゼミ生は自分たちが調査・分析した事柄をプレゼンテーションしなければなりません。それに対して、教員や他のゼミ生が改善を促すべくコメントします。そのコメントを受けて、次週までに修正を図らなければなりません。これをずっと繰り返します。一度決めた研究テーマを1年間ずっと追究してもらいます。徹底して考え抜いてもらいます。

調査・分析においては、たくさんの文献を読まなければなりません。1冊か2冊の指定された本を読んで、その内容をまとめて報告して終わりということはありません。研究テーマに関係する専門書や論文を多数自ら検索して読んでもらいます。さらに、データベース等で新聞や雑誌の記事も多数検索してもらい、社会の動きと理論とのつながりも捉えてもらいます。週に1度の演習の時間以外に、自発的にこれらを行うことになります。文献調査がある程度終わったら、研究テーマによって、ヒヤリング調査、アンケート調査、フィールド・リサーチなどを行うことになります。教員が作業を細かく指示して強制することはありません。あくまで学生が自発的に工夫して調査と検討を繰り返します。

キャンパスを訪ねてくるゼミの卒業生は必ず「ゼミでは後輩にきちんと勉強させるように仕向けてください。じゃないとつまらない学生生活になります」と私に要請します。最近の卒業生だけでなく、卒業して10年以上経つ卒業生もそのフレーズを異口同音に述べます。卒業生たちは、卒業後社会人として活躍する中でゼミの活動に意義を感じているようです。

うちのゼミでは、卒業してからキャンパスを訪ね、後輩たちに向かって「きちんと勉強しておかないとつまらない学生生活を送ることになるよ。自分はまあまあ充実していたと思う」と語ることができる人を求めています。

最近のAI翻訳の進歩には驚きます。英文の日本語翻訳において,以前は誤りの多かった専門用語ついて誤訳がほとんどなくなりました。そして専門家でないと書けない流ちょうな表現を提示してくれます。うちの学生がAI翻訳を使って英文を日本語に翻訳したかどうかは一目でわかります。流ちょうな日本語表現で専門用語を誤りなく提示している(うますぎる翻訳)ならば,ほとんどの場合AI翻訳活用文です。

 

音声の翻訳機(アプリ)も同様に素晴らしい翻訳をしてくれます。今日本の教育界では「使える英語」の学習を推進しています。「使える英語」は日本ではたいてい英会話を指していますが,音声の翻訳機がまさに「使える」のです。音声翻訳は英語話者と日本人との会話を何とか成立させてくれます。

 

うちの学生たちの多くは英語を苦手としていますが,こういう状況下,英語学習は不要なのではないかという意見が彼らから出てくることが予想されます。これまで散々嫌な思いをしてきた挙句,英語が身につかなかった。しかも今は学習しなくとも,ツールが英語コミュニケーションを簡単に成立させてくれる。なぜ英語の勉強が必要なのかと。

 

最近この意見に対する一つの答えを示した本を読みました。町田章『AI時代になぜ英語を学ぶのか』文芸春秋社です。 言語学者が日本語と英語の文法・語法等の違いを解説しながら,外国語学習の重要性を説いた本です。

 

この本では様々日本語と英語の違いを説明しています。日本語では主語や目的語を省くケースが多いが英語ではほとんどの場合明示されること,日本語では過程に重きをおくのに対し英語では結果に重きをおくこと,日本語は感情を持った生き物と生き物でないものを表現上区別するが英語は区別しないことなどなど。生き物と生き物でないものの表現上の区別とは,日本語では生き物である家族ならば連れていくと表現するが,生き物ではない食品ならば持っていくと表現する。英語ではどちらであってもtakeと表現するということです。


これら文法・語法の違いは,思考の違いを反映しているのではないかといいます。英語の文法・語法を学ぶことで,英語話者の思考方法を知ることができるかもしれないと。そうなると異文化を知る上で,英語学習(広くは語学学習)は重要だということになり,これまで評判の悪かった文法・語法学習はとりわけ重要度を増します。

 

ちなみに,自分は中学から大学院にかけて文法・語法中心の英語を学び,その後読み書き中心に英語を使ってきました。振り返ると,英語を学ぶことによって,日本語のあいまいさや文脈依存性に向き合うことができ,論理的な日本語を書く訓練になったと感じています。AI時代に英語を学ぶことは無駄ではないと思います。

4月1日、愛知学院大学は、午前と午後2回に分けて、入学式を挙行しました。大学、大学院合わせて約3千名の入学者が出席しました。

 

桜が何とか持ちこたえ本日満開のまま新入生を迎えましたが,雨模様となりました。午後の回では,新入生は傘を差しながら講堂への入場を待つことになりました。

 

式典はいつもの通り,仏式の要素を取り入れ進行しました。式典終了後,新入生歓迎イベントとして,キャンパス紹介,ダンスパフォーマンス,サークル紹介などが行われました。2日間のオリエンテーションの後,4月6日より授業が始まります。