【くまモンのいる熊本へ編 その9】
熊本城は54万石の城下町である熊本のシンボルで
日本三名城の一つとされています
築城の名人であった加藤清正は7年の歳月をかけ1607年に完成
城郭の周囲は5.3km、面積98万㎡、城内に大天守や小天守
49の櫓、18の櫓門、29の城門を備えた見事な城なんですよ~
西南戦争の折には天守閣は焼失しましたが
52日間もの薩摩藩の攻撃に耐えたことから、難攻不落の名城と呼ばれました
僕らは「西櫓門」から中に入ることにしましたが、時間は既に16時を過ぎて
閉園の17時まで、あと1時間を切るという厳しい展開となりました~
『えっ、余裕あるじゃないか』って・・・
そうそう、時間がなくてもこういうのはきっちりやるのが、僕らしいよね
それにしても、時間がないというのに、我ながらアホですね・・・
因みに息子くんの向こう側に見えるのが天守閣なので
まだまだ遥か彼方にありますね~
階段をひたすら上り~
「二様の石垣」を横目に見ながら、なぜか側溝を歩き~
それにしても、この石垣はメッチャ高くてスゴいよね~
と言いつつ、ようやく天守閣前までやって来ました~
この威風堂々とした姿、恰好いいでしょ
と、思っていると、偶然にも「熊本城おもてなし武将隊」の面々がいたので
「おもてなし武将隊」の皆さん、思い出に残る写真を撮らせてくれてありがとう
そして、息子くんだけでパチリ
そして、後ろを振り返ると、唯一西南戦争の戦禍を逃れた「宇土櫓」をパチリ
本当はここもゆっくり見たかったのですが、時間がなくなってきたのでスルーして~
因みに、加藤清正公は朝鮮出兵時に籠城した時の辛い経験から
井戸をたくさん作ったそうですよ~
そして、「武者返し」と言われる扇形の勾配を眺めて~
息子くんを登らせて~
根性で記念撮影しました
因みに、この石垣は始めは30度ほどの傾斜角度ですが
上に行くほど角度を高め、てっぺんでは75度もの角度になるんですよ~
僕も小学校の修学旅行でここを訪れ、先生から『根性のある子は登ってみろ』と言われ
多くの仲間とともに登らされたという懐かしい思い出があるんですよ~
でも、危ないから、よい子はマネしないでね~
そして、いよいよ時間がなくなってきたので、天守閣の中に向かうことにしましたが~
「闇り(くらがり)通路」を通り抜ける必要があるんですが
まるで別世界の様相が広がる地下トンネルがあり~
トンネルを通り抜けると、漸く本丸にたどり着きました
そして、恒例の記念撮影を~
そして、時間もいよいよ迫るなか、大慌てで「本丸御殿」に入り~
「大御台所」(ご飯を食べる場所)を見学して~
当時のご飯を見て~
4部屋ぶち抜きで157畳もの広さになる「大広間」を見て~
最後に見たのは「昭君之間(しょうくんのま)」でした
「昭君之間」とは、徳川の世になっても豊臣秀吉の重臣の気持ちを持ち続けた加藤清正公が
有事の際に、豊臣秀頼を迎え入れるために作られたとの逸話も残っています
と、色々写真を撮りましたが、ここで要した時間は5分強
息子くんに説明する時間も惜しいほど、ドタバタ通りすぎました~
往時の熊本の町並みを眺めつつ~
そして、漸く登り終えると、熊本の街が一望できましたが、よくよく見ると~
『あっ、くまモンだ~』
またまた「くまモン」を発見しました~
そして、太陽も段々沈み出し~
たくさんの楽しい思い出を作ってくれた熊本観光も終わりを告げました~
次回はディナー編ですよ~
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