カペー弦楽四重奏団
録音:1928年(仏コロムビア)
発売:1995年 英Biddulph LAB-097 (CD)
併収曲
○モーツァルト:同第19番 ハ長調「不協和音」K.465
○ベートーヴェン:同第5番 イ長調 作品18-5
音楽を好みに従って選んで聴くというのは誰しも同じことで、音盤の収集ではおのずと好きな作曲家、演奏家のレコードが多数を占めることになるでしょう。「好き」という感情がなくては、およそ我々の趣味道楽は何も始まらない。しかし又、聴く方の勝手な好き嫌いだけで打ち捨てることのできない気高い演奏芸術が存在するという事も、鑑賞を貴い経験にするためには重々意識しなければならないところです。
クライスラー、ティボー、エネスコのヴァイオリン、弦楽四重奏団ならカペー、ブッシュが残した録音は、古典音楽演奏の中の古典と言って差し支えない特別な威光を放っています。古い時代の録音に興味がない人からは、こうしたSP音源を選んで聴いていること自体が一つの好みではないのかと言われるかも知れません。しかし、後代の多くの奏団によるレコードを聴いた末、カペーの四重奏に行き着いた人が、ただ耳心地が良いとか身体が癒されるという理由でこれを聴いているとは考えられない。自ら好んで求める音盤ではあるが、演奏を前にすると厳粛な心持ち、悩ましい感情を伴った鑑賞にならざるを得ないというのが本当のところではないかと思います。
97年前の1928年、カペーはコロムビアに初のレコード録音を行います。脂の乗っていた時期にも関わらず同年の暮れにカペーが逝去したため、この時に集中的に吹き込まれた12曲のみが彼らの全ディスコグラフィーという事になります(よくぞこのタイミングで録音してくれたものだと思う)。
当CDの選曲はハイドン、モーツァルト、ベートーヴェンの四重奏。凡庸な出来に終わったものはなく、いずれも我々が常識的に理解している作品の価値をそれ以上に引き上げ、意味深いものにした演奏だと言って良いでしょう。カペーを評価するのに「ひばり」では一見曲が役不足のように思われますが、彼らの手にかかると、この楽天的な雰囲気の名曲が逞しい造形を持った気高い佳品に生まれ変わる。また終楽章の快速な無窮動を聴けば、内面に負けない鮮烈な技巧も併せ持っていたことが分かります。
ノン・ヴィブラート奏法、ポルタメントの妙、第一ヴァイオリン主導型のカルテット、第二ヴァイオリンの存在感の強さ、等々、色々な角度からこの奏団の外面的特徴を説明することはできるでしょうが、人心を惹き付けるその品格の秘密は、もっと奥底の、音楽家の本能の領域にこそ隠れている気がします。音楽を前にした時の敬虔さ、純粋な喜び、理想郷への憧れ・・。点の辛い昭和の評論家諸氏が一様に惚れ込み、賛辞を惜しまなかったカペーの妙技は、CDの復刻音でさえ人を美の虜にして止まない磁力を持っています。