つい三日前の午後、私の店の近所で開かれた蓄音機の鑑賞会にお邪魔しました。
会場は工房の西隣にある河合塾。そこで長年講師をされている三浦武さんは、蓄音機とSPレコードに造詣の深い方で、時々昼休みに予備校生を集めてSPコンサートを開かれているそうです。仙台のほか東京、京都、軽井沢、湯布院など日本各地にポータブル型の蓄音機を運び、精力的にレコード鑑賞会を催されています。
嬉しいことに今回はヴァイオリン奏者ばかりのプログラムで、カール・フレッシュ、ディニークに続き、私の敬愛するジョルジュ・エネスコの弾くヘンデルのソナタ第4番を拝聴しました。

気品高い音で定評のある英HMVの蓄音機に鉄針を装着して、海外盤SPを再生。整備の行き届いた機器のようで、ムラのない正しいピッチが盤の終わりまで維持されていました。この針選びについては愛好者間で意見が分かれており、音が柔らかく盤に優しいと言われる竹針を好む人が昔から多いですが、三浦さんによると竹は再生するうちに形状が変化し、かえって盤を傷つける恐れがあるという事です。また音質面において、押し出しが強く輪郭が明瞭になるところは鉄針の長所だと言えるでしょう。
この1929年録音のヘンデルは学生時代から延べ30年間、何種類もの復刻CDを比較しつつ聴いてきましたが、やはり高速で盤を擦る蓄音機の生音はどんなデジタルの媒体によるよりも肉感的に響きます。フレージングの自然な伸びやかさ、表情の優しさ、名器ガルネリウスの懐の深さ、こうしたエネスコならではの高貴な音楽性が骨身にまで沁みてくるようでした。

平素、音盤はほぼ自分一人でしか聴きません。確かに個人的な空間で鳴らす方が音への集中力は高まると言えますが、何十人もの予備校生が床に座り、身じろぎもせず真剣な表情でヴァイオリンの妙音に聴き入っている姿を見て私はいたく感動を覚えました。往年の大家のレコードなど、昨今ではプロ奏者でさえ熱心に聴く人は少ない。もはや昔のヴァイオリニストもごく一部のマニアにしか訴える力がないのだろうと私は思い込んでいましたが、色眼鏡を外して素直な心で聴けば、百年の時を越えて何人にも理解できるものなのかも知れません。


↑ヘンデルのソナタが入っている復刻CD。
1996年以降、徐々に増えて行ったエネスコのコレクション(他にも数点あり)。同じ演奏の別復刻が多くあります。