◯エネスコ名演集

2024年 キング・インターナショナル(KKC 4364/5)DSD録音


ジョルジュ・エネスコは、単に好きだと言うよりも最も畏敬の念を感じるヴァイオリン奏者の一人。私の場合は音楽の好み、とりわけヴァイオリンの音に対する好みは昔からほぼ一貫しており、このCDに収められた数々の名演も初めて耳にした1996年以来、数種の復刻盤を逐次取り揃えながら聴き続けてきました。

いくら若くて多感な頃に聴いた演奏であっても、それが並の秀演であればのちに考えが改まることも出てくるでしょうが、往年の大家達の名演奏は誠に音楽の密度、体温が高く、音盤鑑賞でヴァイオリンを聴くならもうそれだけで十分という気持ちにさせられる。音楽ファンの間では、楽曲の再現において肝要なことは概ね20世紀までに極め尽くされたと感じている人は少なくないですが、これは何も懐古趣味に陥っているとか感性が凝り固まっているという事ではなく、音楽に対する一つの積極的、能動的な意思の現れだと捉えてよいように思っています。


耳の娯楽や感覚的な癒しとなる音の美を追い求めるのもそれなりに結構な事とは思いますが、こちらが恥じ入ってしまうほどの厳粛な雰囲気を伴う美もヴァイオリンの世界には存在します。エネスコは音楽家としては尋常でない気宇を持った人で、彼の演奏に見られる情念や風格といったものを一般の奏者に求めるのはあまりに無理があるかも知れない。またそれに及ばなくとも、現代における職業的水準でのヴァイオリン芸は十分成り立つとも言える。しかし、私はどうもヴァイオリン音楽を一種の自己修養に近い気持ちで聴くところがあるようで、例えばバッハ、ヘンデル、ベートーヴェンが人類のもった最も成熟した音楽だとするなら、彼らと同じ次元の精神や包容力を演奏者にまで求めてしまう。実際、より正しい意味での音楽の再現というものも、己の全存在を無心に投影するエネスコのような演奏態度によってこそ可能になる面があるのではないかと感じています。


⬆️30年前に購入したシェルマンによる復刻CDと、その他のエネスコのCD。この他にも数種類あります。

なお今回の復刻はヴァイオリンとピアノの音の輪郭がかなり明確に出ており、その点では既出のオーパス蔵盤に近いところがあります。しかし絃の音の丸み、肉付きの良さにかけてはシェルマン&東芝による90年代のCDが好ましく感じられる。初めて私がエネスコの「ラ・フォリア」やヘンデルのソナタを聴いたのもこのシェルマン盤でしたが、逆にこちらはノイズ低減の作用もあってか始終音が曇るところがあるのが難点で、なかなか理想を一枚に置くのは難しいというのが現時点での正直な感想です。