○ベートーヴェン:「レオノーレ」序曲第2番 ハ長調 作品72

ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

指揮:ウィルヘルム・フルトヴェングラー

録音:1954年4月4、5日 ベルリン


3作ある「レオノーレ」序曲は、番号が進むにつれて完成度が高くなり、第3番はベートーヴェンの書いた序曲のうち最も大規模な構成を持つ傑作となっています。彼ほどの音楽的才能の持ち主でも、この名曲を生むまでに二度の習作経験をしなければならなかったのだと思うと、第1、2番を聴く時にも単なる作品鑑賞とは別に、その苦心のほどを窺い知るという意味での興味が生まれます。

第2番の前奏、主題、コーダの高揚にはすでに3番の原型を見ることができますが、まだ幾分舌足らずで、曲想の自然な連関が巧く作り出せていないところがあります。しかし、最晩年のフルトヴェングラーとベルリン・フィルによる録音は、その荒削り状態の曲に音楽家の精神を傾注した稀有の名演です。瞑想の境地にいるような沈着な態度で曲に向き合い、丁寧にフレーズを紡ぎなから、いつしか大海の怒涛の渦に聴く者を呑み込んでゆく。精神的レベルで曲に同化した演奏が持つ創造性と吸引力に圧倒される思いがします。


四半世紀前、EMIのCDで初めてこの演奏を知り、その後は幾つかの別プレス盤と併せて長く愛聴してきました。私は或る曲について特別に深い経験をした場合には、強いて他の録音を探して比較することはしない。有名な第3番はフルトヴェングラーの他にも好きな演奏がありますが、第2番を味わうには当盤があれば先ず十分だと思っています。

今回、グランドスラムによるオープンリール復刻を聴いたのを機にこの記事を書きましたが、このレオノーレに関してはEMIの正規盤、グランドスラム盤のどちらも演奏の真髄を伝えてくれる良い音質ではないかと思います。フルトヴェングラーとしては最も新しい時期の記録であり、おそらく大元のテープ録音の優秀さが物を言っているのでしょう。録音が精細なこと、そして戦後のEMIの商業録音にベルリン・フィルが参加している点から言っても希少性の高い音源です。