ヤッシャ・ハイフェッツはキャリア最初期のアコースティック録音の時代に、同門のヴァイオリニスト・作曲家であるジョセフ・アクロンの小品を4曲吹き込んでいます。この4曲「ヘブライ舞曲」「ヘブライの旋律」「ヘブライの子守唄」「調べ」のうち、今日まで最も聴く機会に恵まれているのは「ヘブライの旋律」でしょうが、ハイフェッツのような世界的に著名な演奏家がこれを生涯に3度もレコードにしたことは、作品の認知度を大いに高めたものと思われます。
アクロンはある時期からユダヤの民族音楽に傾倒し始め、濃い憂愁の影を落とした作風の曲を多く発表しました。そのヴァイオリン曲は楽想の発展の面白さはないものの、どの曲の旋律にも暗い森の中に引込まれるような深い哀感が垂れ込めており、一度聴いたら脳裡から離れがたい不思議な磁力を持っています。
ハイフェッツ初期の録音の中でも、アクロンの曲は白眉と言っていい名演揃い。柔らかい音色、正確でよく響く和音、張りのあるヴィブラートを駆使しながら、驚異的な滑らかさをもって曲の陰影を細やかに描出します。曲趣はそれぞれに異なりますが、演奏と作品の間には全く齟齬がなく、ハイフェッツにとって心情的な部分で最も共鳴できる作家の一人だったのではないかと想像されます。
技巧曲として聴きごたえ十分なのは「ヘブライ舞曲」。ここでのハイフェッツの驚異的に優れた音程感覚と叙情の濃さ、確信に満ちた演奏スタイルには心底圧倒されます。ポルタメントが悩ましいまでに美しい。かなり中毒性の強い曲ですが、音楽の真実さ、素朴な力という点で、私はサラサーテの「カルメン幻想曲」や「ツィゴイネルワイゼン」より「ヘブライ舞曲」の方を好みます。
ヘブライ舞曲(1924年録音)⏬

ヘブライの旋律(1917年録音)⏬

ヘブライの子守唄(1924年録音)⏬

調べ(1924年録音)⏬