チャイコフスキー:ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 作品35


ダヴィッド・オイストラフ(ヴァイオリン)

フィラデルフィア管弦楽団

指揮:ユージン・オーマンディ

録音:1959年、フィラデルフィア、ブロードウッド・ホテル


ヴァイオリンを習い始めた1980年代当時、実家にあったカセットテープで聴いて夢中になった演奏がこのオイストラフの弾くCBS盤だった。以来40年近く、当盤はヴァイオリン音楽の理想形の一つとして自分の中で特別な光輝を放っている。20世紀の中頃まで遡ればエルマン、コーガン、グリュミオーなど優れたセンスのチャイコフスキーの録音が多数見つかるけれども、より曲の貫禄に見合ったものを求めると、やはりハイフェッツ、オイストラフという王道の演奏家に的が絞られてくる。


オイストラフが録音したチャイコフスキーの協奏曲は、戦前から数えるとかなりの点数に上る。若い時期ほどエネルギーを惜しみなく放射する傾向があり、1939年のガウク指揮、54年のコンヴィチュニー指揮のレコードでは、霊的なまでの熱を帯びたヴァイオリン独奏に圧倒される。対してこの59年盤は冷静沈着な外面を保ち、内側に快刀を秘めたような凄みを持っているのが印象的だ。前二者に比べ模範的な性格の演奏でもある。残念なのは、淡白なオーマンディの伴奏が精神レベルでソリストの音楽に呼応していないことで、管弦楽の反応次第ではオイストラフにより一層の魂の発露が見られたかも知れない。

しかし、歴史的に見ても彼ほどこの曲を自分の手中に収め、全身全霊をもって我々の前に具現化した奏者はいない。そして盤石のテクニックを持ちながら、チャイコフスキーを技巧曲レベルに貶めないだけの気品と倫理観を感じさせるところが、オイストラフという巨匠の強みだと思う。