ヴェルディ:弦楽四重奏曲 ホ短調


アマデウス弦楽四重奏団

録音:1979年、ミュンヘン


この曲はオペラ作家ヴェルディが唯一書き残した室内楽作品だと言われている。しかし畑違いの仕事という感じはまるでなく、さすがに一流作家の名に負う確かな手腕を見せる。歌の叙情、技法、構成力、いずれの面にも秀でた聴きごたえのある大曲だ。


この盤は成熟期にあったアマデウス四重奏団の音色を優秀録音で堪能できる一枚で、併収曲はチャイコフスキーとドヴォルザーク。第一ヴァイオリンが他を主導するというウィーン流のスタイルは戦後の活動初期の頃と変わらないが、70年代にはさらに余裕を持って音楽と対峙する風格が備わってきたように思われる。アマデウスは必ずしも高貴な表現にばかりこだわる奏団ではなく、厳しい造形の中に精神性と人懐っこい大衆性が同居しているところが魅力の一つと言えるだろう。第一ヴァイオリンのブレイニンの性格が全体に反映した結果と考えていいかも知れない。

アルバン・ベルク四重奏団あたりが新しい物好きな聴き手の好奇心を刺激し始めた頃と前後して、カルテットの分野でも無国籍風で冷たい感触の団体が増えて行った感があるが、アマデウスは十分に情味と熱っぽさを持っていて人間的だ。ずっと昔、「音の温かい冷たいは芸術の真価には関係がない」という批評家の文章を何かで読んだことがある。しかし私は、それこそが芸術家の資質の根幹をなし、人間の徳性を大きく左右するところだと信じているので、温かみのない演奏に対しては常に音楽家としての未成熟さを感じてしまう。

ヴェルディの四重奏曲は、アマデウス本来の守備範囲である独ロマン派の芸風に近いこともあってか、続くチャイコフスキーとドヴォルザークよりも曲との相性がしっくり来ている感じがする。ベートーヴェン、ブラームスを想起させる激しいパッション。その幾分しつこくもある濃密な曲調に、アマデウスは粘っこい表現を交えながら懸命に同化しようとする。なかなか量感豊かな力演だと思う。