バッハ:二つのヴァイオリンのための協奏曲
ユーディ・メニューイン、ジョルジュ・エネスコ(ヴァイオリン)
ピエール・モントゥー指揮/パリ交響楽団
録音:1932年、パリ

2002年頃、英国の「ADS」というレーベルから出た上質なSP復刻のCD。楽器の音の分離が良く、二人の巨匠ソリストのヴァイオリンを聴くのが目的ならば最も優れた復刻と言っていいと思います。おそらくSP&蓄音機による再生音とは質を異にするでしょうが、発売当時、よくぞここまでソロの音色を引き出してくれたと感激に堪えなかったことを今でも覚えています。
この録音はアコースティック時代のクライスラー/ジンバリスト、電気録音初期のシゲティ/フレッシュのレコードと共に名盤の誉れ高いものですが、ヴァイオリニストの技術や音色においては皆互角であるとしても、より真実味がありバッハの楽曲への献身的姿勢を感じさせるという意味で、私はメニューイン/エネスコ盤に熱い信頼を寄せてきました。稀代のバッハ弾き二氏による演奏は、音楽の偉大な骨格と、内面に潜む豊かな感情を自己の感性と一体化させ、譜面だけの世界から血の通った曲の詩魂を甦らせています。太く温かく繊細なメニューインと、渋味のあるエネスコ。第2楽章での深沈とした語り口が殊に美しい。よく知られた曲ながら、これだけ裸のままの心でバッハを、ヴァイオリンを無欲に歌い紡いでくれる奏者は滅多にありません。

ヴァイオリンの巨匠の不在、弦楽演奏の質の低下が叫ばれ始めてもう半世紀以上経ちますが、21世紀も22年が過ぎ、その状況は前世紀末よりもさらに悪化の一途を辿っている気がしてなりません。長くヴァイオリンという楽器を愛して来た人たちの、おそらく共通の嘆きだろうかと思いますが、現今のソリストは総じて音が軽量化し、味が薄く、低絃などほとんど肉感がないことも多い。正直なところ、ヴァイオリンを始めとする弦楽と、弦が基本的性格を決める管弦楽について、私はもう新しい世代の演奏を熱心に追わないようにしています(少なくとも音盤上では)。
百年以上にわたる歴史的名演奏がこれだけ膨大に記録として残っている以上、そちらに特化した鑑賞を続けたとしても特に怠慢には当たらないでしょう。厭きないどころか、聴くほどに音の味は深まってゆき、奏者への敬意を新たにします。曲の核心を突く演奏はまず50年や80年くらいで生命が潰えることはないので、古典となる音盤を座右に置き、音楽に感動できる心を養い続けていたいと感じます。