読了。
文学的な味はやや希薄な感じの評伝ですが、人物の軌跡と人柄がよく纏められている好著だと思いました。
山本五十六について書かれた本には、嫌な読後感が残るものが結構あり、凡将、愚将扱いをしたり、半ば陰謀論的な切り口で国賊やスパイに仕立て上げようとする本まで存在します。本書は軍神の虚像を暴いてやろうとか、後世の人間の優越感から「こうすれば勝てた」と遠慮のない論調で裁断しようとする本とは違い、この先見性のある徳の高い軍人への素直な敬意が感じられる著作でした。

米国との戦争は、おそらく誰が指導しようと、勝利はおろか和平に漕ぎ着けるのさえ難しかった。開戦を望んだのはもちろん山本ではない。にもかかわらず投機的な真珠湾攻撃の立案者であったこと、また惨敗を喫したミッドウェー海戦時の司令長官だったという事実などから、戦争の主たる敗因を山本個人の采配と結びつけようとする人がいるのは大変残念なことです。
本書のように、山本五十六の言動を冷静に時局の中に位置づけ、真っ直ぐな目でその人間性を描いたものも幾つか出ているので、そうした本が広く読まれるようになってほしいと私は願います。