ホロヴィッツが公開演奏を休止していた期間にあたる1960年代前半に、ニューヨークのCBSのスタジオで録音したスカルラッティのソナタ集。うち最後の2曲は少し後年のカーネギー・ホールでのライヴ収録です。
RCAからCBSに移籍した頃のホロヴィッツは、劇場型のダイナミズムが目立っていた1953年以前よりも音色に洗練の度を加え、時として内省的な芸風も見せるようになりました。特にこのスカルラッティ・アルバムは曲想に沿った仕上げが大変入念です。クラヴサンなら香り高いランドフスカのレコードをよく聴いてきましたが、ピアノではヴィヴィッドなホロヴィッツ盤に一番よく手が伸びます。
楽曲の感情を掴む一級のセンス、完璧な造形。イタリア古典の様式を彼なりに意識して軽やかなタッチで弾いていますが、そこは巨匠の芸というもので音楽の手応えに全く不足はありません。
彼の演奏は一種麻薬的な陶酔感を催させる性質があり、正直なところ、聴いている時にその曲の正当な解釈か否かという意識はあまり起こらない。けれども技巧そのものに演奏家としての、人間としての生命が息づいているホロヴィッツのピアノは、決して干からびた音楽には聴こえません。むしろ人間的魅力に溢れるピアニストと言った方がいい。ピアノでもヴァイオリンでも、いわゆるテクニシャンの演奏にあまり共感しない私が、ホロヴィッツという希代の業師に惹かれてやまない理由もそこにあるのだろうと思います。
ショパン、リスト、ラフマニノフあたりの大曲だけでこのピアニストのイメージを作り上げている人は、ぜひスカルラッティのソナタも併せ聴いて頂きたい。きっとピアノ音楽を聴く新鮮な喜びに満たされることと思います。