〇シューベルト:歌曲集『冬の旅』D.911(ミュラー詩)
ハンス・ホッター(バリトン)
ジェラルド・ムーア(ピアノ)
録音:1954年 ロンドン
発売:1997年11月 東芝EMI(Grandmaster・HS-2088シリーズ)CD
これは東芝EMIでは初のハイビット・マスタリングとなったHS-2088・GrandmasterシリーズのCDです(担当技師の名を取ってOkazakiリマスターとも呼ばれる)。まだ新しい試みだったためか、愛好家の期待に反し、音が柔弱で平面的、強音は潰れ気味になるなど、あまり評判の芳しくなかったシリーズなのですが、私の知るかぎり声楽の分野では出色の音質のアルバムが多かった。しかも日本盤でのみ聴ける音という意味で貴重であり、この当時求めたシュワルツコップ、ホッター、シナトラのCDは今でも大事に所有、愛聴しています。
この『冬の旅』の音質は地味ながらリアルな空気があり、ホッターの歌唱の本質を遺憾なく伝えるものです。並の名唱という次元ではなく、シュワルツコップのシューベルトと同様、これ一枚あれば他は要らないとさえ思わせる重み、充実した内面を持った歌唱です。
「おやすみ」「菩提樹」「まぼろし」「辻音楽師」・・。楽曲と詩の言葉に対する共感が深く、その慎ましくも泰然とした佇まいの中に、荒野をゆく旅人の寂寥感を濃く滲ませる。F=ディースカウのあの楽曲解説のような現実性とは元々目指すところが違っており、シューベルトの心の奥に分け入り哀楽を共にする人間の姿は、格調高いホッターの声にこそ見いだす事ができるでしょう。
歌手の感情の動きに巧みに寄り添う、名伴奏者ムーアの力量も特筆ものです。
第1曲「おやすみ」(Gute Nacht)