昨年秋のインスタグラムより⬇️
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これは昨年秋の投稿写真ですが、本年2022年10月20日は、牧水が暮坂峠を越え、現地近くの沢渡温泉でこの詩を書いてから丸百年となります。
落葉のなかに栗の實を
濕(しめ)りたる
朽葉(くちば)がしたに橡(とち)の實を
とりどりに
拾ふともなく拾ひもちて
今日の山路を越えて來ぬ
長かりしけふの山路
樂しかりしけふの山路
殘りたる紅葉は照りて
餌に饑うる鷹もぞ啼きし
上野(かみつけ)の草津の湯より
澤渡(さわたり)の湯に越ゆる路
名も寂し暮坂峠
(以下、末尾に続く)
短歌以外の牧水の作品としては、おそらく「枯野の旅」は最も巷間で知られ愛誦されてきた作品の一つでしょう。全五節のうち、私もこの第一節のみは暗誦でき、秋の夕暮れ時に田舎道を歩く時などに、ふとこの文句が頭に浮かび、旅中の身のような快い愁いを感ずることがあります。実際、おのずと山道を草鞋で歩いているような気分にさせてくれる詩で、その自然への親しみに混じって孤独な旅人の微かな憂愁も感じられる。こういう新鮮で濁り気のない作品や紀行文を読むと、牧水が百年近くも前に物故した人だとは信じられなくなります。
巷間で知られ、と書きましたが、今はたとえば彼の書幅を当店に掛けていて若山牧水だと言うと、半分以上の人は名を知らない。音楽をする人が歌人を知らないで困るという事はないとしても、あの国民的人気のある牧水までがと思うと少々心淋しい気持ちになる。
まあ、今までが一歌人としてあまりに有名過ぎただけかも知れない。それでもなお多くの人々の心に懐かしい面影を残している人物だからこそ、記念館や顕彰団体が存続し、こうして時折復刻本が発売されたりするのでしょう。一人の歌詠みが歴史の裏に埋没しないで魅力を語り継がれるだけでも、充分に奇跡的な現象と言わなくてはいけない。そして、牧水の作品は、和歌の伝統を一途に固持したものでなく、個人の素朴な感性でもって自然への憧憬、生活の実感を言葉にしているので、必ずや新世代の読み手の要求にも応える力を持っていると私は信じます。
