
〇モーツァルト:弦楽五重奏曲第2番 ハ短調 K.406
アマデウス弦楽四重奏団
セシル・アロノヴィッツ(第2ヴィオラ)
録音:1968年5月、ベルリン
アロノヴィッツを第2ヴィオラに迎えた、アマデウスQの五重奏曲全集。モーツァルトのクインテットは、神童の才能が円熟をきわめた頃の名品が揃っています。モーツァルトを得意としたアマデウスは、かなり以前からクインテットをレコード化したかったそうですが、満を持した形で1968年以降に全集録音に踏み切ります。
五味康祐は、アマデウス四重奏団でいまだ満足なモーツァルトを聴いたためしがないと著作に書いていますが、果たしてこのレコードは聴いていたのかと思う。全曲中、最も情趣が濃くて深いK.406において、彼らは内容の捻出に不足のないモーツァルトを奏でています。稀にみる内面の集中があり、楽想への共感が熱い名演だと思います。
以下は、1992年のペンギンガイドの評。
「アマデウスによるハ短調(K.406)とハ長調(K,515)の演奏は特に切れが良く自然であるが、それは明らかにバランスや解釈を考え抜いた上のことであり、高度なテクニックがあってのことである。」
この批評家も、全集としてのレベルの高さを言いつつ、ハ短調K.406には格別の手応えを感じているようです。指摘には全く賛同しますが、欲を言うならヴィオラ2本とチェロに今一息の量感があればと思う。尤も、第1ヴァイオリンのブレイニンが他の3氏を主導するというのがアマデウス本来の流儀で、特に低弦は伴奏役のように後ろに引っ込みがちになる。肌触りは異なりますが、主役がはっきりしている点はウィーン・コンツェルトハウス、バリリの各四重奏団と同スタイルです。
活動当初はブレイニン四重奏団と名乗っていたことからも分かるように、アマデウスQの音楽の個性はブレイニンのヴァイオリンに多くを負っている。彼の音が好きでない人なら、アマデウスも好きになれないと思う。そのヴァイオリンは艶やかで闊達だが細身で、強奏になるとしばしば音が潰れたり鋭角的になる。ソリストとしてはおそらく巨匠タイプとは言えない人でしょう。それが四人のハーモニーとなると、独特の豊かな香りが出てきて、ウィーンの団体のように甘い色付けはないにも関わらず、味わいある温かな空気が醸成されます。
ステレオ初期の50年代後半は、音録りのせいもあるのかきつい音が表に立ちすぎ、「ラズモフスキー」、「死と乙女」には無慈悲な印象を持ったものですが、このモーツァルト録音の頃はより穏やかな目で音楽を見つめており、奏団としての円熟が進んだ感じがする。K.406が管楽器作品の転用である事が信じられないほど、弦の音色がメロディとリズムに完全に溶け込んでいる。いつまでも旋律と和声が心に残るいい演奏です。
加えて、アマデウス四重奏団の魅力と切り離す事ができないのがドイツ・グラモフォンの野太い録音音質でしょう。果実を凝縮して中身をほとばしらせたような濃い香りを持つ音は、聴き慣れた耳にはロゴを見なくともグラモフォンと判別できる。意外にステレオ期に入ってからも、頭を押えた感じの抜け切らない音響を持っていましたが、カラヤンとベルリン・フィルの60年代のレコードが証明するように、音楽好きにはそれが芸術的な信条、音づくりへの執着の賜物と感じられる。アメリカのCBSやRCA、あるいはイギリスのDECCAにみる絵のような音場とは異なり、音楽の核に人を集中させるところのある音質であると、私は肯定的に捉えています。