〇パガニーニ:「うつろな心」による序奏とヴァリエーション(Introduction and Variation on "Ner cor piu non mi sento")
ユーディ・メニューイン(ヴァイオリン)
録音:1945年7月15日
「Menuhin plays Paganini」所収(Biddulph LAB 102 (CD・1996年))

パガニーニの伝記映画『魔法の楽弓』(1946)でサウンドトラック演奏を受け持ったメニューインは、同時期にこの長大な難曲「うつろな心」変奏曲をレコード録音しています。メニューインは内容的に最高のパガニーニを聴かせてくれたヴァイオリニストの一人だと私は思っていますが、ここでは堂々たる技術、深々とした音色でこの作家の詩心を見事に引き出しています。

悪魔的なヴァイオリニストなどと異端者扱いを受けてきたパガニーニには、技巧の面白さより以前に、イタリアの風光を彷彿とさせる溢れんばかりの情緒があります。素朴で正直な歌謡性が底辺にあり、古典曲に深い造詣を持つ奏者の方がパガニーニとの相性が良い理由もそこにあると思われます。後代の演奏家がこぞって技巧的側面を強調した事で、ある種悪趣味な臭気を放つ作家というイメージが定着してしまったのは大変残念なことです。
この「うつろな心」は、レオニード・コーガンも整然たる奏法で美しい録音を残しています。叙情的でもあり優れた演奏と思いますが、基底となる音の容量は小さい。パガニーニの音楽が、ヴァイオリンという楽器への掛け値のない愛情から溢れ出たものである事をひしと感じさせてくれるのはメニューインの方です。何という豊かな倍音でしょう。とても一丁の楽器から出ている音だとは信じられない。録音音質も1930年代の神童期より遥かに向上しており、奏者の芸術性と名器の音の深さが十全に味わえる記録となっています(Biddulphの復刻も上々)。

こちらは映画『魔法の楽弓(The Magic Bow)』の中で、この曲の演奏が出てくるシーンです。ピッチが半音近く高いのが惜しいところですが、メニューインの音が大変色濃く録られており、パガニーニ自身でもよもやと思わせる香気に満ちた音色が堪能できます。

映画全編⏬