↑キングレコードが1987年頃に発売した、イッセルシュテット指揮の第九のCD(1965年録音)。現在までに何度か再発が行われてきたベートーヴェンの名盤ですが、CDとしてはこれが初回プレスとなります。

英デッカのクラシックの音源は、現在ではすべて「DECCA」のロゴ入りでユニバーサルから発売されていますが、1953年~1970年代前半までの旧盤については、かつてはキングレコードが日本での販売権を持っていました(2000年まで)。レーベル名は諸般の事情から「DECCA」が使えず「LONDON」。カラヤン、アンセルメ、モントゥー、ケルテスといった指揮者のDECCA録音は、昔の世代の人にはむしろ「LONDONレーベルのキング盤」という印象が強いのではないかと思います。
どこが販売権を持ち、レーベル名が何であろうと、さしあたり音が良ければ我々には問題は無いわけですが、実は、今のユニバーサルの復刻音はキングレコード時代の温もりを持った響きとはかなり趣を異にしています(LPとではなく、CD同士の比較です)。新しいユニバーサルの音は、分離がよく立体的で、ステレオ初期のデッカの特長を確かに伝えてはくれますが、かなり現代寄りの乾いた響きになっていることは聴き逃せません。
これだけを聴くと別段悪い音には感じない。むしろ性能的にはキング盤よりも向上した音質かも知れませんが、当時のウィーン・フィルの柔らかく光沢のある音色、ゾフィエンザールに大勢の人間が寄り集った時の和やかさと緊張感は、キング盤の方が直に伝わってきます。特にこのイッセルシュテットのCDでは、もぎたての果実さながらの素晴らしい音が出てくるので心底驚いてしまいました。

温かみとか光沢というのは、全く数値化のできない長所であり、音が温かければ機材の針が上に動くわけではない。したがって昔のままの雰囲気を求める多くのファンが現行商品を批判しても、その声がメーカー側の音盤作りに反映されることはありません。これは最新技術を駆使して原音を拾い上げた正当な結果なんだ、嫌ならLPでも聴いていれば良いだろう、というスタンスなのでしょうか(笑)。
しかし各種のカッティング、リマスタリング技術がかえって会場の雰囲気を削ぎ落としてしまっているのは、もう素人目にも疑いのない事です。実在感のない音が上手く空間に配置され、分離よく鳴る。しかし個々は分離したままで、その空間には本当の気の調和が見られません。

私は、CDという媒体そのものに責があるとは思わない。キングの初期盤を聴くと、LPに劣らないくらいの鮮度の高い音を詰め込めることが分かるし、ディテールに関してもなかなかの情報量を持っている。対して、ユニバーサルの音も一応は生き生きとして元気がよい。常識的な基準に照らせば「良い音」なのかも知れない。ただその音は、昨日今日、身近な場所で録ったような現在的な性格を持っている。それもウィーン・フィルらしくはあるがどこか無国籍な雰囲気です。キング盤の「良い音」は、文字どおり時代を隔てた1965年のウィーンらしき場所から運ばれてくる。だから優劣ではなく、どちらの時と場所に真実の声を求めるかで、各人の音盤選択は変わってくるでしょう。

録音された音楽にも、生の名演に負けずとも劣らない芸術的価値があります。そして音盤には、生演奏にない時代的証言という価値もあります。1960年代のウィーン・フィルの録音は、LP当時からすでにこれ以上を望まなくてよいほど高い品質を誇っていました。もしその音に少しでも古典的価値を見出だせる人ならば、この品質を極力弄らずに生かす方向で仕事をするでしょう。だが、一番良いマスター音源を所有するはずのデッカ、ユニバーサルが、LPはおろかハイビットでない初期キング盤のCDほどにも時代感を出せていないのはどういうわけか。結局、往年の音源に対し、今現在の技術による新しい価値を加えてやろうという考えが根底にあるからではないか。黄金期デッカの芸術的な音は、リマスターを待つまでもなくとうの昔に完成を見ている。だからもっと丁重な姿勢で過去の遺産を扱ってほしいと思う。

この第九は、LP時代から推薦盤扱いだった演奏。CDに復刻された現在でも、音の良さと演奏の手堅さは色褪せないレベルにあると言えます。イッセルシュテットのベートーヴェン全集は、3、5番あたりでは熱量が不足気味に感じられましたが、第9番は厚みも十分、巨大なスケール感を打ち出した悠然たる名演だと思います。