ガット絃の事に触れたついでに、このCDを。
楽器と弓の質、調整の仕方、弾く人によりもちろん音の性格は変わりますが、デ・ヴィートの演奏なら、絃の長所が聞き取りやすいだろうと思います。
(おそらく、下3絃A、D、Gが金属巻きのガット、一番高いEはスチール。)⬇️⬇️

〇バッハ:ヴァイオリン協奏曲第2番 ホ長調 BWV1042

ジョコンダ・デ・ヴィート(ヴァイオリン)
ロンドン交響楽団
指揮:ラファエル・クーベリック
録音:1959年6月24、25日 ロンドン、アビー・ロード・スタジオ
発売:2021年 GRAND SLAM RECORDS(オープンリール・テープ復刻)

平林直哉さんのテープ復刻は上々。冒頭の合奏からみずみずしい音場が広がります。録音用スタジオらしくない宮廷的で和やかな余韻を残しながら、各楽器の音が溢れるように前面に出てくる。贅沢な時間です。
デ・ヴィートは女性的な麗しさと、オールド・ヴァイオリンらしい翳りを帯びた音で名曲の旋律を奏でます。美しいけれども、薄味のお上品な演奏ではない。むしろ一音一音を噛みしめるように粘ったり、気をためて太い音を出したり、ゆったりとした幅広いヴィブラートで歌わせたりと、やや訥弁風で曲線的な音楽づくりをしています。曲の解釈としてそれらの所作が気に入らない人には、かなり癖の強い演奏に見えるかも知れない。

バロックの合奏協奏曲のうちで、バッハの第2番ほど深い感動をおぼえる曲は滅多にありません。基本の調は明るくとも深遠な陰を持ち、ソロパートだけを見ても非常に気の入った緻密な曲づくりをしています。第1番イ短調も佳作ですが、あちらはヴィヴァルディに近いシンプルな曲調。実際にヴァイオリンで弾いてみると、2番の方がはるかにバッハの魂の深いところに触れる思いがする。第1楽章の中間部分と、悲しみの表情が濃い第2楽章に来ると身がうち震えるほどの感動を覚えます。
古くはティボー、メニューイン(1933)、エルマン、エネスコ(1949)、ステレオではメニューイン(1958)、ラウテンバッハー、シェリング2種、グリュミオー(1978)、ボベスコと聴いて来ましたが、それぞれに毅然として推進力があり、造形への意志が感じられる演奏です。中では戦前のメニューインとグリュミオーをよく聴き、人に薦めることは無いですがエネスコの精神力にも熱いものを感じています。これらに比べて、デ・ヴィートのヴァイオリンは安心して身を委ねて居られる演奏ではないですが、私のように、解釈云々よりも先にヴァイオリンの古風な音色を味わいたい人には価値のある音源だろうと思います。