〇『クリスマスの殺人 クリスティー傑作選』
アガサ・クリスティー著
2021年11月10日発行・早川書房
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〈収録作品および初出年〉
・序   (1977『アガサ・クリスティー自伝』より)
・チョコレートの箱(1924)
・クリスマスの悲劇(1930)
・クィン氏登場(1924)
・バグダッドの大櫃の謎(1932)
・牧師の娘(1932)
・プリマス行き急行列車(1923)
・ポリェンサ海岸の事件(1935)
・教会で死んだ男(1954)
・狩人荘の怪事件(1923)
・世界の果て(1926)
・エドワード・ロビンソンは男なのだ(1924)
・クリスマスの冒険(1923)
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クリスマスや冬にちなんだクリスティの短編ミステリーを集成した豪華装幀本。寒い日の晩にストーブの傍で暖を取りながら、三日ほどかけて耽読しました。
クリスティを12篇もまとめて読むのは実は初めてのことで、本書を選んだのも新刊コーナーで綺麗な外函が目に止まったから。ミステリーという分野にも詳しくはない。それが読んでみると、非常にテンポがよく一作ごとに立体的な魅力があり、一息に読了するのが惜しいくらいの面白さでした。

簡にして要を得た語り口は読んでいて快い。少々込み入った事件でも現場の状況、人物関係等が頭に入りやすいように書かれていて、しだいに自分自身も事件の渦中にいるような緊張した心持ちになってきます。松本清張さんは他人の小説を読むときには「面白いかどうか」を第一の判断基準にしたそうですが、題材がノンフィクションの作品でさえ書き方がまずければ読み手は退屈して文字を負うのが苦痛になる。そうでなく本来が隅々まで作りごとの話にどっぷりと読者を浸からせるわけだから、小説家というのは人心を掴む特異な才覚を要する職業なのだなと思います。

クリスティの小説は現代劇ですが執筆年代はすでに遠い。主として歴史ある英国を舞台にしていることもあって、物語の背後には古きよき異国の情景が醸し出される。謎解き云々とは別に、時空を隔てた文化的な生活の香気を味わうのも楽しみの一つでした。
ここではポアロが推理を担当する話が一番多いのですが、ミス・マープル、クィンがその役を務める作品もある。殺人については、これは作者の上品なセンスの現れでしょうが、おぞましい猟奇趣味の事件はなく大抵は毒殺という手法が取られている。それも犯行を現在進行形では扱わず、探偵役の推理の中でその犯行が語られるという場合がほとんどなので、作品の見た目としてはスッキリしています。
毎度マンネリに陥らない展開が用意されており、構成の巧さにも感服させられる。一つずつ味わって読めば、きっとどなたにも満足いただける短編集だろうと思います。