『名将 山本五十六の絶望』
鈴木壮一・著
勉誠出版(2020年)

米国が日露戦争直後から秘密裡に策定してきた「オレンジ計画」に詳しい著者が、山本五十六をタイトルにして書き下ろした本。伝記と言えるほど個人の記述に特化せず、動乱期にあった国内外の情勢を俯瞰するのにかなりのページを割いており、20世紀の戦史を頭に入れるにも役立つ内容となっています。
軍人や政治家の中にも、日中戦争の初期段階に不拡大を訴え、蒋介石軍との和平工作に尽力する人がいた。また三国同盟を締結し米国との戦争を始めたら、日本は必ず滅びると危惧する人も多くいました。それとは反対の好戦的な、あるいは避戦への積極的意思があるとは言えない人間たちが中央での権力を得て(そして天皇陛下の信任も得て)、日本を次第次第に破滅寸前へと導いたことがよく分かる構成になっています。 中国の戦線拡大だけでも陸軍が大変な苦労をしているのに、それを収拾しようとせず、さらに石油の輸出を止めたアメリカに対し、政府は国力の差もわきまえず広大無辺な太平洋上での戦争に踏み切ろうとした。著者と同様に、当時の為政者や職業軍人たちへの怒りが沸々として来ますが、日本の歴史上で未曾有の死者を出したこの戦争が、ことごとく米国の描いたしたたかな攻略のシナリオに合致していたことを知ると、なお一層の悔しさがこみ上げます。

山本五十六に詳しい人にとっては真新しい情報はあまり多くない本かも知れませんが、彼の生涯を恐ろしいオレンジ計画と対比させてみるとき、航空機の重要性に気付いた先見性、そして軍人でありながら、いや軍人であるからこそ拘り抜いた戦争回避の姿勢の正しさがより鮮明になってくるのではないかと思います。