阿房列車/内田 百閒 | クロヤギ頭の読まず買い

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ちまちまと進まない読書をしつつ、本を買うのは止められない。

こんなに買っていつ読むん?と自分に一人ツッコミを入れつつ日々を暮らす不良主婦の読書(購入)記録ブログ

阿房列車―内田百けん集成〈1〉 ちくま文庫/内田 百けん
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こんな記事は読まないで、未読なら本屋へ!…と、そんなことを思わせる名作、迷作。

読まずに死ぬな!本に認定します(笑)


「阿房と云うのは、人の思わくに調子を合わせてそう云うだけの話で、自分で勿論阿房だなどと、考えてはいない。用事がなければどこへも行ってはいけないと云うわけはない。なんにも用事がないけれど、汽車に乗って大阪へ行って来ようと思う。」


汽車を愛する(百閒先生と思しき)物書き先生、用事だけではなくてお金もないのに、こんな調子で旅に出てしまう。

北は東北から、南は九州まで。

北海道には行かない。そこはまた先生なりのちゃんとした?理由がある。


そしてまた、「用事がないと云う、そのいい境涯は片道しか味わえない。なぜと云うに、行く時は用事はないけれど、向こうへ着いたら、着きっ放しというわけには行かないので、必ず帰って来なければならないから、帰りの片道は冗談の旅行ではない。そう云う用事のある旅行なら、一等になんか乗らなくていいから三等で帰って来ようと思う。」とのたまう。


またまた理屈に合うような合わないような話で、その辺の旅先でそれと知らずに行き会ったらば、食えないオヤジ(失礼)だと思うに違いのだが、こんなオヤジが知り合いや身内にいたら、あらあら、また始まった…てな感じで、きっと憎めないんだろうな、などと思う。


持病の心配な先生のお供は、国有鉄道の然程えらくない職員のヒマラヤ山系くん。

この山系くんと先生のやり取りがまた全く要領を得ないのだが、ことお酒のことになると二人は妙にウマが合うようで、この二人の旅行は、汽車に乗っているか、お酒を呑んでいるか、その両方かのどれかである。


そのえらくない山系くんの知り合いが、なぜだか全国津々浦々にいて行く先々でアレやコレやと世話を焼く。

先生またこれがありがた迷惑だったりなかったり。


そして、各地にいる教え子やその細君との親しい交流やら、ふと旅先で行き会った人の様子やら、車窓の景色やら、読み手もその場にいるかのような活き活きとした描写で書き綴られる。


紀行文学の名作と言われるが、移り行く旅の景色がオモシロイのではなく、その景色や人々をしてあちこちを縦横無尽にさ迷う先生の頭の中がたまらなく面白い。


家にいて猫を愛でていても、旅に出てもやはり面白いのだなあ。


「読んでます」 の記事で教えていただきましたが、旺文社文庫のみ旧かな遣いになるそうです。


忙しくてとんでもなく時間かけてしまいましたが、売りません、捨てません、あげません。