ターニングポイント | BBIの絵顔で羽生くん応援ブログ~羽生結弦選手の美しさに打ちのめされながら出会えたキセキに感謝して~

BBIの絵顔で羽生くん応援ブログ~羽生結弦選手の美しさに打ちのめされながら出会えたキセキに感謝して~

同じ時を過ごせるキセキ
初めて知る感情、感動
幸せです  
だから…羽生結弦選手と共に走り続けていきます

 

 

    

いつ世界が終わっても。

羽生結弦×糸井重里

全12回

 

 

 

第1回

憧れに近づいていく作業

 

第2回

たどり着くまえに考えてしまう

 

第3回

被災地からの声を背負って

 

 

第4回

『MOTHER2』で言うと

2024-03-04-MON

 

第5回

余白と表現と得点

2024-03-05-TUE

 

第6回

フィギュアスケートは難しい

2024-03-06-WED

 

第7回

限られた時間のなかで

2024-03-07-THU

 

第8回

100年後に見てくれた人が

2024-03-08-FRI

 

第9回

ややこしいものとキャッチーなもの

2024-03-09-SAT

 

第10回

いつ世界が終わっても

2024-03-10-SUN

 

第11回

ふつうが憧れ

2024-03-11-MON

 

第12回

ゲームがあってよかった

2024-03-12-TUE

 

 

 

おはようございます

毎日対談が読めて、毎日感想が書けて、学びになったり、思い出を語ったり、本当に楽しいですね!

今日は第3回目

3.11とニースのお話ですね

 

 

 

 

 

(※7位で迎えたフリーの演技は『ロミオとジュリエット』。
前半のジャンプを完璧にこなしながら、つなぎ部分で転倒し、両手を氷についてしまう。
しかし、そこからのジャンプの完成度とエモーショナルな表現が圧倒的で、転倒すら、ロミオとジュリエット、あるいは羽生結弦が乗り越えるべき障害としての演出だったのではないかと感じられるほど観客を魅了し、大歓声のなかで演技を終える。
結果、シーズンベストスコアを叩き出し、総合3位。
世界選手権初出場ながら、17歳3か月で日本人男子最年少メダリストとなった。)

 

 

 

丁寧な注釈にどなたが書いたのかなーと思っていました

そしたらポストされた~~~~

 

【註】対談に絶妙な「註釈」をつけてくれたのはスポーツ観戦マニアの永田さんです。

 

こういう記事でここまで丁寧に書かれているのは珍しいですもね

気になっていたんですよ

お知らせしてくれてありがとうございました

丁寧な対談記事にしていただけたことも感謝です

 

 

 

 

 

さて、話はニースですね

何度も何度も羽生くんに堕ちる中で、このニースはきっと全員堕ちたのではないかなと思うほどの試合、演技でしたよね

堕ちた時期は違えど、ゆづファンはみなニース堕ちしてますよね

 

 

 

胸が熱くなって堕ちた記憶と

いろんな記憶が蘇ってきます

 

 

 

 

2014YH24時間TV from Ao -蒼- on Vimeo.

 

 

 

そう、メディアが背負わせるんですよね

震災体験、たくさんの葛藤がある中で、さらに背負わせたんですよね

羽生くんでなかったら潰されていてもおかしくないほどの重いものを背負わせたんですよね…

 

 

 

 

 

 

 

「ただのスケーターなのに」っていう思いが強かったです

仙台のスケーターとかそういうのじゃなくて

羽生結弦としてのスケーターなのに

なんでこんなに重いものを背負わないといけないんだろうっていう…

 

 

 

 

 

 

今見ても、この部分は涙が出てきます

被災地に住んでいる方こそ、その重みを知っていたんだろうなと思います

生きていくだけで精いっぱい

自分のことだけで精いっぱいの人たちしかいませんでしたものね

だからこそ、子どもに背負わせたくないと思われたんだろうなと思います

 

 

 

 

 

ショートプログラム後も、羽生結弦は故障について何も語らなかった。

しかし、そんな状況下でよい演技ができたことは、彼の気持ちに微妙な変化を与えていた。
「ショートの前の日に怪我してしまったので、そんななかで『4回転降りてよくやった』みたいな感じを持ってしまっていました。自分一人で頑張ったって。でもショートが終わってから、
『それは違うよね』と母親に言われました。

結局、怪我したのだって自分のせいだし、助けてくださった方もたくさんいて、応援してくださる方もたくさんいる。だからこそ、ここまでできたんだよって。夜9時くらいまでご飯食べながらそんな話をして、最終的に自分の考えは違うということもわかりました」

 

 

 

今思うと、お母様もどんな思いでこの言葉を発したのだろうかと思う

たくさん傷ついていると知っているし、背負わされたことも知っている

それでも息子にこう言えるんです

そして、その言葉を受け止めることができるのも羽生くんなんです

 

お母様だって「被災地の人」なんですよね

やっぱり立派な方ですね

そして、ふたりの人としての強さが見えますよね

 

 

 

 

 

 

 

震災後、たくさんの手紙やメッセージをもらったことも思い出した。


世界選手権を前にその手紙を読み、返事を書いたり、

返事の準備をしたりしていたときの気持ちが蘇った。


(応援を受け止めて演技をする。それが一番の恩返しになると決めたはずだった)


そして誓う。


(いつか出たいと思っていた世界選手権の大舞台。震災後のアイスショーで滑った「白鳥」をエキジビションで披露するためにも、5位以内に入ろう)

 

いつもの羽生が戻ってきた。

 

 

 

 

 

 

被災した11年から年が変わった12年1月、転機があった。もらっていた500通のファンレターすべてに返事を書いた。「勇気を伝えようとしていた僕が、本当は支えられていたんだな」。1文字1文字をかみしめた。「自分が出せるのは結果。被災地代表として日本が頑張っているというアピールをしたい」。その一心で、フリーを滑りきった。自己ベストを大幅に更新する173・99点で、総合251・06点の3位は、日本男子最年少での表彰台となった。

 

 

 

 

 

 

演技を見て「すごい力が出てきたよ」とか

すごい勇気づけられたとか

本当に嬉しかったです

 

 

 

転換点…ニースが転換点になったのは羽生くんだけでなく、きっとファンの皆さんもそうだったんじゃないのかな

あの魂の演技を見てしまったらね…

改めて振り返ると、3.11とニースはやっぱり特別だと感じます

 

 

 

 

 

糸井
つまり、背負ったものを、
下ろすんじゃなくて受け入れたというか。
羽生
はい。応援してくださる方々の
重みも感じたまんま、背負って向かっていく、
背負ってるからこそ強くなれる、
みたいな自分のスタイルが、
あのときにできたのかなと思います。

 

 

 

 

 

500通のファンレターに返事を書いた

羽生くんの転機となるほどの手紙たち

そこにはたくさんの応援と励ましと、そして羽ばたいてほしいと書いてあったはず

そして、どれだけ羽生くんに励まされれてきたのか

 

今はファンレターを送る場所ないけれど、ニースの出来事に思いをはせる

今は手紙は遅れないけれど、SNSがある、YouTubeチャンネルもある

やっぱり、私はニースの前に羽生くんが読んだファンレターの中身の様な応援をしていきたいと思った

 

あなたの演技で力をもらったと

いつか羽生くんが下ろすその日まで、しっかりと届けたいと思った

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

糸井
いろんな人が羽生さんを支えている
ひとつのチームなんだけど、
団体競技みたいなわかりやすい関係ではない。
きっと、羽生さん本人は、
支えてもらっていることを意識しながらも、
滑ってるときは孤独を感じることもあるだろうし。

 

 

クリエイターでもあり、作詞家だったりと、才能豊かに見える糸井さんにも「孤独」を感じることがあったんじゃないのかな

だから、ここで「孤独」という言葉が出てきたんじゃないのかな

今更ですが、やっぱり「孤独」という言葉の意味には、それぞれの深さがあるんだろうなと思います

 

糸井さんのような方と対談できたことは、羽生くんの人生にとってまた大きな意味をもたらすんだろうな…

 

 

 

 

 

 

3.11以降、ほんとたくさんの苦しみや悲しみ…時には怒りもあったでしょう

つらいことがどんどん押し寄せてきたでしょう

でも、羽生くんはこう言うんですよ

 

 

 


ぼくはすごくいろんなことに恵まれてきて、
もちろんつらい経験もありはしたんですけど、
そのなかでも、たくさんいい経験を
させてもらえたなって思ってるんですね。

 

 

 

自分は不幸だ

なんで自分ばかりこんな思いをしなきゃいけないんだ

こう言っていくらだって逃げ道は作れるんですよ

誰かと比較して自分をかわいそうな人にするのもしないのも自由なんです

かわいそうな人にしてしまえば、きっと楽なんですよ

 

 

でも、それでは結局逃げることになってしまうんですよね

生きていくうえで時には逃げることも大事です

自分を甘やかすことも大事です

でも羽生くんは戦うことを選ぶ方が多かったんですよね

 

 

 

「負け」とか、「できない」っていう
概念が存在してない感じでしたね、
ちっちゃいころはとくに。

第2回対談より

 

 

 

そうやって羽生くんは幸せを掴んで行ったんですよね

 

 

スケートが好き

生きてて良かった

幸せです

 

 

苦しいことやつらいこと、悲しいことがあっても決して不幸ではなかったと私は思っています

ちゃんと幸せも掴んでるんだって

そして、今も幸せだと思っています

幸せの形は人それぞれですからね!

 

 

 

 

 

応援してくださる方々の重みも感じたまんま、背負って向かっていく、背負ってるからこそ強くなれる、みたいな自分のスタイルが、あのときにできたのかなと思います。

 

 

3.11とニースが羽生くんの「基礎のひとつ」を作ったんだと思います

まさに、ターニングポイントです

 

その3.11が今年も間もなくやってきます

 

 

私も気持ちを引き締めます

ファンの思いも背負ってくれると言うのだから、羽生くんの背負いやすい応援スタイルをこれからも探していきたいです

 

 

 

そしてこれからもたくさんのいい経験を一緒にできたらいいなと思います

今日も祈りと願いを込めたいと思います

 

 

それでは、今日も羽生くんと皆さんが健康で幸せでありますようにキラキラ

 

 

 

 

 

 

 

 

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