この間の、俳句のパーティーで声をかけてくださった方がいて、
60歳くらいの男性で、その方は、たぶんご病気か何かで、言葉が少し不自由で、お話ししていると何度かこちらから聞き返すことがあって。でも明るくて優しい方だった。


カメラを持ってらしたから撮ってくださったりして。
でもわたし写真苦手だから、カメラ向けられると顔が怒っちゃうんだけど、その方はファインダーから顔を外して指でほっぺをツンとして、仕種で
「笑うんだよ」
って言っていて。
きっといつもより柔らかい顔の写真があのカメラには残ってると思う。

パーティーがお開きになってから帰る支度をしていたら、もう一度声をかけてくださって
その方が描かれたペン画のカレンダーを頂いた。
「もう今年半分終わっちゃったけどね」
と笑って。

そして一言
「がんばってね」
って言って、とっても優しい笑顔だった。とってもとっても優しい顔だったよ。目が三日月みたいだった。

わたしもその優しい目を見て
「はい」
と答えた。

カレンダーももちろん抱えるように大事に受けとったけど、その笑顔と一言がなんだか鮮烈で今もずっと胸で暖かい。

生きて、刻んで、くぐり抜けて来た人に、こんな場所で震えてるわたしがどんな風に写ったか想像すると情けなくなるけど、でも笑ってくれた。それが何より「大丈夫」の証なんだって思う。

行かないと。あんなに素敵な笑顔で、先で待っていてくれる人がいるのなら。

ありがとう、わたしもできるだけ笑顔で、いつか辿り着きます。ずっと先だけど、大丈夫、大丈夫。ありがとう。
ずっと自分の心が何を言いたいのかわからなかった。
けど、ほんとは嫌いだったけど、嫌いで嫌いで、大嫌いだったけど、ほんとは愛しくていたんだ、自分のこと。いつの間にか。

何もかも器用にできなくて、何も残せないそれでも

生きたい生きて
愛されてみたかったよ

愛したい
と言えなくて
ごめんなさい


ただ、今は
どうか次は
もらえますようにと
少しだけ願わせてください
簡単に人を嫌いになれたら楽だった
陰で悪く言ったり嫉んだりできたら楽だった

関わった人はみんな好きだし、幸せを願うよ
綺麗ごとじゃなくて、ただの能力の欠損だと思う。

そういう人になれたら楽だったと思うから。

わたしは今日も祈るよ、あなたが幸せになりますように。

どうか幸せになりますように。
どうかどうか幸せに。
復活ブームか。

fraもまた集まらないかな。

無理かな。
雨、冷たいね。

朝、少しはやく目を覚ましたらもう降っていて雨の音に包まれてた。
雨音はもう春。
柔らかくて細い音。

いつから降っていたのかな。


一人で眠ったのに、朝になったら愛する人が隣にいてくれて、そっと頭を撫でていてくれて。

そんな気持ちだった。

温かくて切ないそれが、ずっと続いて欲しくて瞼を閉じた。

愛されるってこんな感じかな。


きつく閉じたすき間から、ほんのちょっとの涙が落ちた。