この日、中川は唐突に「彼氏ができました」とツイート。さらに「すごく背が高い」「細身の彼」と紹介した。
これにTwitterなどでは「マジだった」「なで肩だね」「彼氏を金で買うとは」「色白いいなぁ」「ガリガリすぎだろ」「新しい彼氏できるの早すぎ」「骨のあるやつだな」「それ私の元カレ」「新しい彼氏ワラタ」などの反応が出ている。
http://news.livedoor.com/article/detail/8844774/
9月14日に米ラスベガスで、英語による単独ライブを行うことを発表した陣内智則さん(40)。離婚や熱愛などプライベートでの話題が華々しく報道される一方、地道にネタ作りをしてきた集大成ともいえるステージとなりますが、舞台から逃げ出したくなる若手時代を支えてくれた人への感謝は忘れないと言葉に力を込めました。
そもそも、僕は「リミテッド」というコンビで活動を始めたんですけど、本当に評価されなかった。コンビ時代は、舞台で笑いをとった記憶がないんです。それくらい、なんともつらい時代でもありました。同期が「中川家」にケンドーコバヤシ、たむらけんじ。みんな、それぞれにすごかったですからね。「中川家」はデビュー当時から、すでに今の漫才をやってましたからね。そら、かなうわけがない。ケンコバも現在の雰囲気を持ってましたし、大喜利での強さもありました。たむけんも、実は女の子から人気ありましたしね(笑)。そんな中、僕らは何もできない。これでもかと、力の差を見せつけられる日々でした。
そのうえ、たまに僕らがネタ番組で1分だけネタをさせてもらったら、ちょうど僕らが映りだしたところで画面に台風情報が入ったり。芸人とファンの方が一緒に行くフェリーツアーがあって、追加メンバーとして「リミテッド」の参加が発表された日に大嵐が来てツアーがなくなったり…。まあ、ある意味、持ってましたけど(苦笑)。劇場でも笑いが起こるどころか、僕らが出るとお客さんが一斉に下を向くんです。というのは「『リミテッド』を見たら、不幸になる」という都市伝説まであったんで、みんな目を伏せるんですよね。そら、こちらとしたら、落ち込みますよ。
ま、本当に悔しかったのは、前説をしている、僕らより後輩の芸人が「きょう、来た方は残念でしたね。なんと、今から『リミテッド』が出ます!!」とイジってるんです。今やったら、「何言うてんねん!!」とツッコんだりもできると思うんですけど、それもできないくらい、当時は全てに縮こまっていたんですよね。そんな中、強烈に思い出に残っているのが千原ジュニアさんです。今から思うと、ジュニアさんも僕らをイジってくれてたんです。「『リミテッド』全然おもんない!!」と。ただ、もうこっちは縮こまってますから、言葉を返せない。となると、さらに「おもんない!!」と言われる。こっちはもっと縮こまる。そんな悪循環が続いてました。
また、当時は「千原兄弟」さんが絶対的なエースで「千原兄弟」の発言が絶対やったんです。だから、そこが僕らをおもしろくないと言うと、それが正解になる。そういうレッテルが貼られる。それに、当時のジュニアさんは、いわゆる“ジャックナイフ”の時期でしたから(笑)、おもしろくないことに対しては本当に厳しかったですからね。だから、正直、腹も立ってましたし、こんなん言うたらアレですけど、嫌いでした。でも、コンビを解散して仕事がなくなった時に「何にもしてへんねんやろ?」とラジオに呼んでくれたのはジュニアさんでした。何なんですかね、ちゃんと見てくれてたんやというか。それがやっとそこで分かったというか。すごくうれしかったですね。
ジュニアさんから言われて印象に残っているのは、ハードルの話です。「ハードルでいうと、お前は低いハードルを次々にポンポンポンポン越えていくタイプ。俺は高~いハードルを助走して飛ぶタイプ。しかも、1回で必ず飛び越えることを求められる。どっちがどうということではなく、俺はポンポン越えていくことはできないし、お前はお前でそれをやっていけばいい」というようなことを言われたんです。その言葉をもらって、自分の中で整理がついたというか、確実に気持ちが変わりました。
あと、もう1人。間違いなく恩人といえるのが、吉本の社員さんで今は大阪・なんばグランド花月(NGK)の担当をしている新田敦生(にった・あつお)さんという方です。もともと「ダウンタウン」さんのマネジャーもやっていた方です。繰り返しになりますが「リミテッド」としては全くうまくいかず、解散することになった。解散後はピンとして活動を始めたんですが、ネタを作るわけでもなく、仕事もほとんどないまま2年ほど経ったんです。そんな時期に、当時僕ら若手がホームグラウンドにしていた「心斎橋筋2丁目劇場」に支配人として来たのが新田さんやったんです。開口一番言われたのが「とにかくネタをしろ」ということでした。「ネタをやるか、芸人を辞めるかどっちかや」と。
コンビでもダメだったのに、ピンでネタをするなんて思ってなかったんですけど「辞めるんやったら…」と思って、ネタを作ってみたんです。この日の舞台でピンネタをやるという日が決まって、そこがいわば、テストみたいになるわけです。その2週間ほど前からは寝られませんでした。変な言い方ですけど、その日に処刑台に上がるみたいな感じで、その日で芸人人生が終わるんやろうなと。当日は朝から手が震えるし、このまま、逃げたろうかとも思いました。
そして、本番。やったネタは、舞台上にすりガラスを置いて、その向こう側で女装した僕が悩み相談をするというネタでした。すりガラスを置いたのも「リミテッド」時代の苦い思い出があったんで、お客さんの顔を見るのが怖かったんです。だから、すりガラスを使ったネタを考えたくらいやったんですけど、それが、なんと、ウケたんです。その流れで(関西若手芸人の登竜門)「ABCお笑い新人グランプリ」(1998年)の予選にも推薦してもらって、当時2本しかなかったネタを駆使して決勝に残り、優秀新人賞をいただきました。自分では絶対にやっていないだろうし、できないことを後押ししてもらった。その結果、見たことのない景色を見せてもらいました。
「ABC…」をとった後、真っ先に報告に行ったのがジュニアさんと新田さんでした。すると、2人とも同じ反応で「そら、そうやろ」と。意外な反応やったんですけど、見てくれていたんやというか、実は評価していてもらったんやというか、そこで今までのことが報われるというか。うれしかったですね。恐くてお客さんの顔も見られなかった僕が、今度、ラスベガス公演にチャレンジさせてもらいます。そら、感謝しかないです。ラスベガス公演、英語も覚えないといけないし、本当に大変ですけど、頑張りたいと思います。
でも、ラスベガス公演もそうですし、そもそも「リミテッド」時代もそうですし、その後の、いろいろな、いろいろなことも含め…、つくづく自分からしんどい方に行く人生やなと思います…。ただ、お世話になった方への恩返しは、これからも、もっと、もっと、しないといけないと思っています。今、NGKにいらっしゃる新田さんには、NGKで大きなイベントをやって、ご恩返しができるように精進していきたいと思いますし、ジュニアさんにもお返しをしないといけない。
ただ、ジュニアさんは同じ芸人という立場ですから、ある意味ライバルと思わないといけないでしょうし、恩返しというのはそぐわないのかもしれない。負けないようにという気持ちを持って、頑張り続ける。それが僕にできる唯一のことなのかもしれません。
(聞き手・文/中西正男/株式会社KOZOクリエイターズ(https://www.facebook.com/kozo.GNN))
■陣内智則(じんない・とものり)
1974年2月22日生まれ。兵庫県加古川市出身。92年、NSC大阪校に11期生として入学。同期には「中川家」、ケンドーコバヤシ、たむらけんじらがいる。お笑いコンビ「リミテッド」として活動するが、95年に解散。ピン芸人に転身後は、映像や音声にツッコミを入れていく独自のスタイルを確立し、注目を集める。2011年に韓国語による韓国公演を開催。今年9月14日には英語を使った現地の観客向けの単独ライブを米ラスベガス「Tommy Wind Theater」で行う。現在、TBSテレビ「もてもてナインティナイン」「内村とザワつく夜」などに出演中。
■中西正男(なかにし・まさお)
1974年、大阪府生まれ。大学卒業後、デイリースポーツ社に入社。大阪報道部で芸能担当記者となり、演芸、宝塚歌劇団などを取材。2012年9月に同社を退社後、株式会社KOZOクリエイターズに所属し、芸能ジャーナリストに転身。現在、関西の人気番組「おはよう朝日です」に出演中。
http://news.livedoor.com/article/detail/8843439/