インドのEV政策や今後について、インドの事情を交えて考察したいと思います。なお、近
年の技術革新や世論、政治動向で今後の動きは大きく変わる可能性もありますが、ひとま
ず現状において考察したいと思います。


<インドにおける最近の動き>
インド政府は2030年に新車販売100%EVの看板を下ろし、30%程度をEVにするとしている
一方、2025年までに全てのオートリクシャー(オート)の新車販売をEVに限定する
との方針も示し、柔軟かつできるところからやって行こうという姿勢がうかがえる。また民間企業でもいろいろな動きが出ている。

 

OLA
配車サービスのOLA(Uberの競合)は、南部タミル・ナードゥ州にEV2輪車の工場を建設す
ると表明した。生産開始時期は未定だが初期ロットは年間200万台のスクーターを生産で
きるという。これは、シェア1位のヒーローが7-800万台のキャパであることを考えてもか
なり強気の数字である。

 

テスラ
米国に本社のある世界最大のEVメーカーであるテスラは、南インドカルナータカ州に同社5番目の工場を建設するとの情報、
詳細は州政府と協議中の模様(2021年2月末現在)


アマゾン

世界最大のEコマース企業アマゾンは、配送用EVオートリクシャーを2025年までに1万台導入と発表。ラストワンマイルの配送に使用するとのこと


このように、インドのEV関連の報道は、配車サービス、通販など他の業種による動き、あ
るいは、テスラ、テラモーターなど他国の新興企業からの参入例が多い。


 一方でインドで生産・販売している主要自動車メーカーの動きについては
マルチスズキ

2020年8月の日経のインタビューで、インドではEVの価格はあまりに高く、現実的でないと発言、むしろ、割安なHV,マイルドHVの拡充を目指すと表明


ヒュンダイ

2021年2月に地元メディアMintのインタビューで、ローコストのEVを開発中
と表明、具体的な車種、時期などは未定、同社はすでにEVのSUV KONAを販売中


タタ

同社の人気SUVモデル NexonにEVモデルを追加、将来の具体的な完全EV化につ
いては言及していないものの、傘下の英ジャガーは2025年以降完全EVメーカーに、同じ
く傘下のランドローバーも2035年までにガソリン・ディーゼルモデルを全廃するとしてい
る。


インドのメーカーも少しずつEVモデルを販売しているものの、現状は様子見の段階であり
、具体的なガソリン・ディーゼルの生産終了時期などは明示していない。とくに日系のマ
ルチスズキについては、得意とするマイルドハイブリッド車の拡充や、トヨタとの提携に
よりトHV車の導入など、既存の内燃機関の技術を活かした電動化の道を模索している。


主要自動車メーカーのインド戦略については、EVについては様子見の状況、一方、他業種からの参入や、EV専門メーカーは大胆な投資を打ち出すなど、積極的な印象がある。

 


<インドのEVひいては環境問題に関する考察>
・インドのCO2排出量
インドのCO2排出量は中国、米国に次いで世界第3位である。(2019年)

 

 

しかし、1人当たり排出量でみると、100位(トップはカタール、米国10位、日本23位、ド
イツ25位、中国35位)

 


つまり人口が多いため総排出量は多いものの、国全体がまだまだ貧しいために、一人当たりの排出量は低くなっている。実際、未だ開発途上国であり、自動車の普及率が低い、冷暖房設備の普及が遅い(いまだに非冷房の列車、バスが大半、住宅でもエアコンなしの人も多い)


しかし、今後、経済成長に伴い生活が豊かになっていくと、今以上にCO2排出は増えるの
は確実である。現在でも、都市部を中心に自動車の増加や産業の活発化で大気汚染が問題となっており、野焼きシーズンと重なる9,10月頃の首都周辺では、大気汚染がひどすぎて数十メートル先が見えなくなる。


現状ではインドの一人当たりのCO2排出量は決して多くはないが、これまでの延長で経済発展を続けると、CO2排出はもとより大気・河川の汚染をはじめ、大きな環境破壊につながる恐れがあり、持続可能な成長を模索しなくてはならない状況にあると言える。


<インドの交通事情から環境問題について考察>
ここからは、EVだけでなく広く交通全般から環境対策に何ができるか考えてみたい。


 1,物流におけるモーダルシフトの可能性
インドの国土は世界第7位、人口は世界第2位、文字通り大国である。
物流の世界では、輸送距離が長くなるほどに、トラック輸送ではなく鉄道や船舶といった
大量輸送機関がコスト、エネルギー効率の両面で有利となる。日本でも500㎞(東京-京都
間に相当)を超えたくらいからJR貨物の利用が増えて、1000㎞超(東京-北九州間に相当
)以上では鉄道貨物輸送のシェアは25%になる。
国土の広いアメリカも旅客では自動車・航空機が主流でアメリカを横断する鉄道など観光
列車しかない。しかし、物流では50%近くを鉄道輸送している。広いアメリカ大陸を横断
するにはトラックでは非効率で、全長数百メートルの貨物列車が1週間近くかけて西海岸
と東海岸の間を往復している。
一方インドの鉄道貨物輸送のシェアは30%程度、内陸に多くの人口・工業生産があり、国土に広く分布しているにも関わらず、自動車輸送に依存している現状がある。

現在、インドは全長1万キロ以上におよぶ貨物専用鉄道の建設を進めており、輸送キャパシティ不足解消とスピードアップによってモーダルシフトが進むことが期待さ
れている。


 2,深刻な電力不足
先日(2月下旬)米・テキサス州で寒波による風力発電停止によって十数時間にわたって
停電が起きてニュースになった。しかし、インドでは停電は日常茶飯事であり、中流以上
の集合住宅、工場、オフィスでは日常的にディーゼルエンジンによる自家発電設備が備わ
っている。

↑黒い排ガスを発生させる工場のディーゼル自家発電


これら自家発電で使われているディーゼルエンジンの発電機は、機動性はいいのだがエネ
ルギー効率が悪いという欠点がある。また排ガス規制も緩いため大気汚染の原因ともなっ
ている。

現状でも電力不足なのに今後EVが復旧すると、深刻な電力不足になることは確実である。しかし、最新の火力発電など効率的な発電所による電力供給が増えれば、非効率な自家発電が減ってCO2削減が期待出る。

 

 3,廃棄資源の3R

近年、3R(リユース、リデュース、リサイクル)という言葉をよく聞く。廃棄してしまうものについて、ただ捨てるのではなく、中古品として再利用するリユース(フリマ、フリマアプリ、使える部品の再販など)、なるべく廃棄物を出さないような設計・販売方法にするリデュース(詰替え洗剤、分解しやすい家電など)、素材を再利用または熱として回収する(アルミ缶の再利用、プラスチックごみを焼却処理する際に発生する熱を温水プールなどで再利用)

 

 環境意識の高い欧州や日本では、これら3Rを推進するために、ごみの分別回収や不法投棄防止のための法整備が進んでいる。

 しかし、インドでは、携帯電話の電池、電気機器や自動車の部品や希少金属、そういった価値のあるものについては、リユース、リサイクルが民間企業によって行われている。

しかし、大半のゴミについては、単に「埋める」だけである。

 

国民の意識も、ゴミは道に捨てると言うのが当たり前で、鉄道線路の周辺や幹線道路脇はポイ捨てしたお菓子の袋、ペットボトル、タバコの吸い殻などゴミだらけである。

 

今のままで完全EV化をすると、廃バッテリー処理による環境負荷が懸念される。逆に言えば、これまで分別もされずただ埋められていたものが、分別回収され、マテリアルあるいはサーマルリサイクルされることで製造や発電(熱エネルギー源)のCO2排出を節約することが出来るし、街もきれいになる。

 

 このように、インドは問題だらけの国ではあるが、逆に可能性も宝庫ともいえる。

EV普及ありきではなく、交通問題、環境問題は国ごとに違う。地域の特性に合った環境と経済成長を両立させる方法を模索する。ありふれた考えではあるが、それが大事なのではないかと思う。