10月9日の花言葉 オンシジウム
気立てのよさ・可憐・清楚・一緒に踊って
美しい瞳・遊び心・印象的・協調・野心的な愛

10月9日の花言葉 オンシジウム

マザーテレサの言葉10月9日
わたしたちは肉において歩んでいますが、肉に従って戦うのではありません。わたしたちの戦いの武器は肉のものではなく、神に由来する力であって要塞も破壊するに足ります。わたしたちは理屈を打ち破り、神の知識に逆らうあらゆる高慢を打ち倒し、あらゆる思惑をとりこにしてキリストに従わせ、また、あなたがたの従順が完全なものになるとき、すべての不従順を罰する用意ができています。(コリント二 10:3~6)
今日10/9の朝日新聞朝刊記事の一面と二面に摂食症になった人のことが書かれていました。神様の声を聴いて従ったとか書かれていましたが、本物の神とは違う諸霊の声に気づかずにいたのだろうなとい新聞思いながら読みました。
神から来るものは愛であり、自由であり、永遠の平安であり、希望です。
そうでないものに心を奪われていくのが人間の性と言うものかと思います。
もうかなり前、愛娘が大学生の頃のことになりますが、まだチャラとノンタンが生きていた頃、我が家の家庭集会にNちゃんが来た日のことを思い出しました。
日曜日はお休みの日のはずなのに、なぜか、その日は民博での授業が入った日でした。
娘は授業が終わる際に、
今日はうちで14時から礼拝しているから良かったらどうぞ、
みたいなことを言って二人の同級生を家に連れてきました。
一人は「今日初めて出会った」と言う人でした。
もう一人もほとんど話したことはないと言う人でした。
礼拝のなかで神さまが二人に触れられていました。
チャラもじっと座って祈りポーズをしていました。特にNちゃんからは離れませんでした。
礼拝が終わってから、まず、泣いていたNちゃんに祈らせていただきました。Nちゃんは祈る前から涙を流していました。洗礼を勧めると素直に受け入れてイエスさまの愛の中に還りました。
それを見ていたもうひとりのNちゃんも、「私も洗礼受けたい」と言って、その場で救われました。
働きネコのチャラはとても喜び、毛づくろいをしていました。
ミッションスクールの大切な仕事は、生徒たちの救いです。
娘たちが通っていた大学には、かつて、大リバイバルが起きて大勢の女子高生、女子大生が救われた歴史もありました。
高校の卒業式の時に、ごみ箱に聖書が捨てられていたと娘から聞いた時はとても胸が痛みました。そんな悲しみもある中、卒業式の日、会場で私を見つけた生徒たちが寄ってきてそれぞれの証をしてくれました。
高校の担任や宗教の伝道者たちからは、「こんなに多くの生徒が救われたなんて、本当に嬉しいです」と言われました。
数えたことはありませんが、一クラス以上の人たちが救われていたと思います。
Nちゃんたちは、喜んで帰って行きました。
この話はそこで終わることなく、翌日の月曜日、学校から帰宅した娘が、
「学校でNちゃんが近づいてきて、病気がいやされたって話してくれた」と言って、Nちゃんから聞いてきた話をしてくれました。
Nちゃんは摂食障害で苦しんでいて病院にも通っていたとのことでした。
月曜日の朝起きたら世界が輝いて見えました。
病院に行ったら病気が治っていました。
そんな話でした。
食べすぎたり食べなかったり、体調が悪くなる一方だったNちゃんを神さまが救い、いやされたのでした。
ものしずかなNちゃんは、その喜びから、毎月家庭集会に来るようになりました。
我が家の生活習慣の安全も学ぶようになりました。
ある時、ヨハネの手紙3章2を贈ったら、自分のメッセージにするようにもなりました。
こうしてNちゃんは大阪を離れるまでずっと一緒に礼拝を捧げていました。
第4日曜日以外は近くの教会(高校や大学の教会)に行って奏楽奉仕をしていることも聞きました。
今もずっと交流が続いています。
神さまのなさることは、皆、時にかなって美しい。
医者ではない、
医者を作った神がいやされるのです。
そこには、悪魔諸霊が入り込めない愛で満ちている世界があります。
私も娘も多くの人たちが祈りでいやされています。
無料、ただです。
ただでいただいたのだから、私たちもタダで祈ります。
そして、天国へのチケットや永遠の命まで与えられて、
神さまと和解し、
罪を赦されてイエスさまと同じ身分にされている。
これ以上何を望むでしょうか?
日本にキリシタン迫害がなかったら、もっと広がっていたことでしょう。
迫害があったから用心深く、拝んでも動かないものにより頼み(母が救われた時からの口癖でした。)、人を傷つけ、自然界も傷つける国になってしまいました。
今、ネットの普及で、若い世代が世界の状況を知るようになって、真理に目覚めていることは救いです。
天地創造の神を知ること。
自然界を大切に共存することも知るようになります。
自分を愛するように隣人も愛するようになります。
愛と平和の神=イエスキリスト
教会に若い世代が集められて、主に出会い、賛美を捧げてイエスさまの愛を世界に流す時が来ています。
あなたはわたしの愛する子。
わたしのこころにかなうもの。
十字架で全人類の罪の購いとなられた神は病を知る神。
人の痛みや苦しみを知るほんとうの神です。
人間の一番みじめな姿になって、傷だらけになっても、
父よ、彼らをおゆるしください。
自分が何をしているのかわかっていないのです。
十字架の上でそう祈られた神。
神さまはすべての被造物がこの名前に従う権威をお与えになられています。
祈りの最後に「イエスキリストの名前で祈ります、アーメン」と言うのはそのためです。
イエスさまの愛に還りましょう。
無条件の愛に。
神の最善が成るために。
この方以外に救いはありません。
神に喜ばれる今を感謝で生きることができますように。
NameJesus,Amen