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善住寺☆コウジュンのポジティブログ☆ 『寺(うち)においでよ』

但馬、そこは兵庫の秘境。大自然に囲まれた静かで心癒される空間に悠然とたたずむ真言宗の御祈祷と水子供養の寺『善住寺』。目を閉じてください。聞こえてくるでしょう。虫たちの鳴き声 鳥たちのさえずり 川のせせらぎ・・・誰でも気軽にお越し下さい。寺(うち)においでよ!

一昨日は高野山の所縁坊である正智院の先代住職の一周忌にお参りしました。

高野山 正智院 雪景色

 

所縁坊(しょえんぼう)というのは、河内はこのお寺、越後はこのお寺、備前はこのお寺というように国ごとに所縁(ゆかり)のあるお寺が決まっていることです。

正智院の客間、山水画と障子

 

「檀家」というお寺と家庭とで結ぶ契りと同じように、「檀国」とも言い換えられるような、お寺と諸国大名とで結ばれる契りがあったのが始まりのようです。

 

というわけで、但馬(特に北部寺院)は正智院が所縁坊となり、高野山との繋がりを深く保っています。

 

【ぐるりん関西より引用】

 

正智院は、和歌山県高野町にある高野山真言宗の別格本山である。
本尊は、阿弥陀如来坐像である。
正智院は、天永年間(1110〜1113)、正智房教覚によって開かれた。
鎌倉時代には「高野八傑」の一人とされる学僧・道範によって再興された。
建長元年(1249年)6月に、道範が讃岐配流を許されて高野山に戻ったことを喜び、高野明神がたびたび境内に姿を現したという伝説も残されている。
中古から宝性院門中の常法相談所となるなど、高野山でも屈指の学問寺院としてその法灯を守り続けている。
国宝の文館詞林(中国の唐で編纂された詩文集)をはじめ、重要文化財の不動明王坐像など多くの文化財を有している。
庭園は、昭和27年(1952年)に重森三玲によって作られた枯山水庭園で、
州浜模様の苔と大小60余りの石組が配され、正面の大きな岩は明神岩(別名影向岩)といい、道範が高野明神と問答したという伝説から名付けられた。
平成29年7月から10月まで、高野山霊宝館で夏期企画展「正智院の名宝」が開かれている。
南海高野線高野山駅からバスで愛宕前下車徒歩5分。

 

 

先代住職様には大変お世話になりましたが、お葬式にも伺うことができずにいましたが、ようやく手を合わせることができ、自らの心の整理ができたような気がします。

高野山 正智院の献立

 

雪が舞い足元が凍りつく厳しい寒さの中に訪れましたが、帰る時には太陽が輝いていました。

高野山正智院、雪景色の参道

 

大門をくぐって、下界へ帰ります。

高野山正智院、雪景色の仁王門

-3℃。

 

雪の霊峰高野山。

 

檀上伽藍にやってきました。

 

ガリッガリに凍っています。

 

根本大塔。

 

金堂。

 

中門。

 

高野明神社とその拝殿である山王院。

 

山王院から響いてくる理趣経の声。

 

心洗われるひと時でした。

まことにめでたく嬉しいことです。

 

20才のご報告に、着物姿でお寺までわざわざ来てくれました。

 

長年習字教室に通ってくれ、寺っ子体験スクールにも何度も参加してくれた二人。

 

ほんとに大きくなったね〜。

 

可愛い女の子が、美しい女性に成長されました。

 

2024年12月20日に放送された東海テレビ「スイッチ」の一場面で、善住寺組の御詠歌「愛別離苦和讃」が使用されました。


御詠歌人口が減る減るとマイナスばかりを嘆く方が多いですが、「空」とは不増不減(プラスマイナスゼロ)という創造主の視点から見て、「御詠歌人口は減っていく分、やっている価値は増える」と私は以前より言ってきました。

 

今回の件も含めて、それが現れてきています。


今までにも何度か過去の出来事を紐解いていく時に必要としてもらえました。
 

多分これからも・・・。
 

※画質悪いです

村のとんど焼きでした。

 

だんだんお正月飾りの量が少なくなり、上がる炎も小さくなってきたのが少し寂しいですね。

 皆様、あけましておめでとうございます。

 

 旧年中はたくさんの「いいね」や「コメント」をいただき、ありがとうございました。

 

 本年もまた仲良くしていただければ幸いです。

 

 どうぞよろしくお願い致します。

 

 

 さて、年末に有馬温泉であった兵庫ブロックの檀信徒研修会で、元アナウンサーの田口恵美子さんの講演がありました。

 

 元プロ野球選手田口荘さんの奥様です。

 

 田口選手はメジャーリーグでもご活躍され、恵美子さんもアメリカで共に生活をされています。

 

 そこで経験した「女は家を守るべき」「家の事は女がするべき」といった日本の「嫁」とは考え方が違う、アメリカの「レディーファースト」の文化についてお話し下さいました。

 

 

 日本だと育児を他人に任せたりすると育児責任を周囲から問われたりすることがありますが、アメリカでは育児を母親だけでせずにベビーシッターを利用するのは一般的なのだそうです。

 

 食事を作るなどの家事代行サービスも気軽に利用されており、それによってできた時間を夫婦のコミュニケーションを取る有意義な時間に充てているといいます。

 

 恵美子さん家で妻の手料理が食べたいという旦那さんの希望で食事を作り続けられたそうですが、メジャーリーガーの奥様はほとんど家事をしないそうです。

 

 それでは何をするかというと奥様会に入って毎日のように熱心にチャリティー活動をしているというのです。

 

 恵美子さんは活動に参加して疲れているのに食事も作らなければならなくて大変だったと話されていました。

 

 その他にも、恵美子さんに荷物を持たせたことで他の奥様方から旦那さんが「ダメ男認定」されたことや、奥様が主役かのように派手に着飾って登場するレッドカーペットショーに疑問を覚えたため敢えて安物のガラス玉のネックレスで参加してバレなかったことなど、面白可笑しい小話もたくさん。

 

 最後に「日本の風習、アメリカの風習、どちらがいいという話ではありませんが、知っておいていただければと思います」と締めくくられた素敵な講演でした。

 

 

 私もレディーファーストという考え方の方が良いとは思いませんし、女性は一歩下がってと強要するような日本の考え方も良いとは思いません。

 

 「ここは日本でアメリカじゃない」と切り捨てるのでなく、皆がいろいろな世界の物差しを知り、固定観念に苦しむ女性たちの心を弛めるためのアイディアにできればいいと切に願います。

 

 

 日本社会は男女格差が大きく「ジェンダー・ギャップ指数2024年」の報告によると日本は146ヵ国中118位で、先進国のなかで最低ランクであるというデータが示されています。

 

 

 

 

 中でも田舎はさらにその傾向が強いといいます。

 

 

 元兵庫県豊岡市市長の中貝宗治氏は地方の人口減少の要因として決定的に見落とされていたことが、ジェンダーギャップ(男女格差)であると述べられています。

 

 若年世代の人口移動を都道府県別で見ると、この10年間で全国33の道府県で男性より女性が多く流出しており、中でも豊岡市は男性の2倍の女性が去っているという調査結果が出たそうです。

 

 その現実を直視した時、田舎は特に男尊女卑、男女不平等な風潮が根強いことも大きな原因だと気付かれたのです。

 

 

 よく都市に人口が流出してしまう理由として「地方軽視の政治が悪いからだ」とか「大企業を誘致しないからだ」という声も聞こえてきますが、それ以前にそもそも田舎は若い女性が住みづらいと感じる環境であるということを我々も知っておく必要があるはずです。

 

 

 例えば、田舎の閉鎖的環境で「あそこの嫁はしょっちゅう家を空けている」とか「子供を預けて母親が遊びに行っている」という言葉が耳に入ると、女性を家から出にくくする社会的心理操作が強く働き、苦しめることになるでしょう。

 

 そうならないよう皆がしっかりと格差問題を意識し改善していかなければなりません。

 

 

・男女共働きの中でなぜか家事は女性だけが受け持たされている。

 

・旦那は仕事で妻は家事と分担してきたけれど、定年後旦那はごろごろしてばかりだ。

 

・介護は嫁の仕事だということにいつの間にかなっている。

 

・法事の時、男は飲んで食べてするだけなのに、女は給仕に使われる。

 

・お茶出しなんて男にさせられない。女の仕事だと言われる。

 

 

 このようなフェアじゃない出来事が当たり前とされてきたわけですが、納得できないよと声を上げる方が近年増えてきました。

 

「仕方がない」と受け入れてきた方々も、ようやく変わらなければならないと気づき始めました。

 

 

 とはいえ理念は理解できていても、変えたくないという抵抗が根深いのも事実です。

 

 古き良き時代の幻想にとらわれた人たちにとって、男女格差があったとしても「昔はよかった」「今より幸せだった」という思いから離れられないのかもしれません。

 

 

 しかし今、田舎は息苦しい、日本は生き辛いとして外へ出ていく若者たちの姿、特に女性の姿が取り組むべき課題であることを教えてくれています。

 

 豊岡市はジェンダーギャップ解消のために取り組み始めました。

 

 我々も一人一人が男女の価値に差はないことを意識しつつ、アンフェアな言動やしきたりを公正していきたいものです。

 

 

 

 私も妻に「寺嫁」という概念を知らぬ間に押し付け、モヤモヤとした気持ちにさせたことが多々ありましたし、今もあると思います。

 

 外出していたのに、お茶出しをするためだけにわざわざ慌てて帰宅してもらうような不合理なこともあります。

 

 使った法衣を畳むことなく任せきりにしていることもあります。

 

 少しづつ変えて行っているつもりですが、今後は嫁とか女の役割だと縛らず、公正だと感じてもらえるような分担をしていけたらと思います。

 

「やって当たり前」にすると感謝も湧きませんしね。

 

 

 

 仏教では迷いの世界を超えて真理を体得する「悟り」を目標にしていますが、「悟りは差取り」とも表現されます。

 

 まさに全ての人々の間に本来上も下もなく、優も劣もないのだという「差」を取った世界を体得することが究極の目標なのです。 

      合掌

 

 

 令和7年 元旦  善住寺住職 山地弘純

新年修正会開始の合図です。

 

三通三下という叩き方の鐘を鳴らします。

 

修正会は正月の三日間、朝6時から8時までの2時間に渡って行う大般若転読法要です。

 

新しい年を迎え、世界平和、万民豊楽をお祈りいたします。