善住寺☆コウジュンのポジティブログ☆ 『寺(うち)においでよ』 -17ページ目

善住寺☆コウジュンのポジティブログ☆ 『寺(うち)においでよ』

但馬、そこは兵庫の秘境。大自然に囲まれた静かで心癒される空間に悠然とたたずむ真言宗の御祈祷と水子供養の寺『善住寺』。目を閉じてください。聞こえてくるでしょう。虫たちの鳴き声 鳥たちのさえずり 川のせせらぎ・・・誰でも気軽にお越し下さい。寺(うち)においでよ!

早速今日の朝勤行から自作の般若心経サンスクリット本で読経。

 

詰まりまくりでしたが(笑)

 

 

 

いろいろ検索してみた末、これを参考にしようと思います!

 

 

 

いろいろあるけど、これがわかりやすかったです。

 

「句読点」のところで音が下がって、それ以外のところは疑問形のように語尾が上がっていますね。

 

面白いな~。

般若心経サンスクリット原文。

 

プラジュニャーパーラミター・フリダヤ。(Prajñāpāramitā‐hrdaya)

 

冊子の試作版10部が完成して、ラクスルから届きました。

 

単語の日本語訳付きです。

 

これを元に、皆がそれぞれの般若心経の意訳を作ってくれればいいなーと思います。

 

でも1番の目的は、自分が暗記するために作りました(笑)

 

これからの朝勤行は、毎日これをメインに読もうと思います!

青空が広がり、日が差し込み、一気に雪が潰れてきました。

 

水含んだ重い雪を運んでいます。

 

多分消えるのは早そうです。

母の喜寿(77才)のお祝いを湯村温泉「朝野家」にて行いました。

 

もうこんな年になったのですね。

 

104才がいるので、老け込むこともできず大変だと思いますが、どうぞのんびりお過ごしください。

 

趣向をこらした美しい懐石料理は、お味も大変美味しゅうございました。

ケアの原点は「人を愛すること」と定義されているけれど、そこには注意が必要だ。

 

愛をそそぐと言いながら、私はその人の無明の樹に水をそそいでいないだろうか。

 

愛をそそぐと言いながら、私はその人の自我執着という火に愛という油をそそいでいないだろうか。

 

愛とはその場しのぎでなく、その人の自立を支える長い道のり。

 

愛とは分け隔てない慈悲の心。

 

愛執ではないのです。

 

 

今回の心の相談員ネットのオンライン講習は仏教によるスピリチュアルケアのお話でした。

 

多くのものにとって難しかったという意見と、これで人が救えるのかという意見がありました。

 

そんな中で、僕は先生の意図がより伝わればいいなと思い、以上のような意見を出させていただきました。

 

スピケアをやっていると、なんでもかんでも寄り添えばいいというような感覚に陥りやすいです。

 

そんな中、苦しみの原因となる「執着」に寄り添うのではなく、それを越えたところを見据えながら、支えていければいいなと思ったのです。

 

 

シェア会の後で仲間の尼僧さんが言ってくれた一言。

 

「山地さんありがとう。なんだか私、門徒さんに媚びてたわ。そこから引き戻してもらえた。ありがとう。」

 

 

あ、ちゃんと伝わってたんだって、嬉しくなりました。

 

 

昨日のこと。

2年ぶりにスキーに行きました。



身体は覚えていると思うのですが、臆病さがまさって、腰がひけている方々ばかり(笑)

経典の中に「これだ!」と思うところの抜粋を論拠にあげようとしたら、前後の文脈でそれを否定していたということも多い。

 

なかなかに難しいことなり。

 

作成していた投稿の根拠が覆され、塩漬けです・・・。