早速今日の朝勤行から自作の般若心経サンスクリット本で読経。
詰まりまくりでしたが(笑)
いろいろ検索してみた末、これを参考にしようと思います!
いろいろあるけど、これがわかりやすかったです。
「句読点」のところで音が下がって、それ以外のところは疑問形のように語尾が上がっていますね。
面白いな~。
ケアの原点は「人を愛すること」と定義されているけれど、そこには注意が必要だ。
愛をそそぐと言いながら、私はその人の無明の樹に水をそそいでいないだろうか。
愛をそそぐと言いながら、私はその人の自我執着という火に愛という油をそそいでいないだろうか。
愛とはその場しのぎでなく、その人の自立を支える長い道のり。
愛とは分け隔てない慈悲の心。
愛執ではないのです。
今回の心の相談員ネットのオンライン講習は仏教によるスピリチュアルケアのお話でした。
多くのものにとって難しかったという意見と、これで人が救えるのかという意見がありました。
そんな中で、僕は先生の意図がより伝わればいいなと思い、以上のような意見を出させていただきました。
スピケアをやっていると、なんでもかんでも寄り添えばいいというような感覚に陥りやすいです。
そんな中、苦しみの原因となる「執着」に寄り添うのではなく、それを越えたところを見据えながら、支えていければいいなと思ったのです。
シェア会の後で仲間の尼僧さんが言ってくれた一言。
「山地さんありがとう。なんだか私、門徒さんに媚びてたわ。そこから引き戻してもらえた。ありがとう。」
あ、ちゃんと伝わってたんだって、嬉しくなりました。
経典の中に「これだ!」と思うところの抜粋を論拠にあげようとしたら、前後の文脈でそれを否定していたということも多い。
なかなかに難しいことなり。
作成していた投稿の根拠が覆され、塩漬けです・・・。