一泊二日の高野山団参。
初日は我が寺の本山である高野山に参拝し、合わせて2日目は木津川市の岩船寺と浄瑠璃寺へお参りさせていただきました。
お天気にも恵まれ、出会いにも恵まれ、よき教えにも恵まれ、よき旅となりました。
初日
6:30 最寄りのバス停からバスに乗車すべく家を出ます。
私(住職)は名誉住職が直前に体調を崩したため、急遽交代で参加しました。
この二人(次女と三女)は昨年の楽しさに味をしめて二年連続での参加。
山東パーキングエリア(道の駅但馬のまほろば)
8:00過ぎ 北近畿自動車道の「山東PA(道の駅但馬のまほろば)」で、各地から集まってきたバスが合流。
「受付」と「結団式」を行います。
トイレもばっちり済ませました。
8:30 雲一つない青空の下、バス8台で「霊峰高野山」に向けて出発。
岸和田サービスエリア
阪和自動車道の「岸和田SA」でお弁当を配布。
時間短縮のため、バスの中でいただきます。
かつらぎ町側から高野山へグネグネとした道を登っていきます。
1,000メートル級の山々に囲まれた標高約800メートルの盆地にあるのが高野山です。

高野山参拝
13:30頃 高野山金剛峰寺前駐車場に到着。
金剛峯寺(こんごうぶじ)
まず高野山真言宗を統括する金剛峯寺に参拝。
金剛峯寺は高野山真言宗の総本山として、高野山全体の117か寺を束ねる「総称」を言います。
本来は1か所の建物だけを指すのではなく、「山全体が金剛峯寺」であるという考え方です。
管長猊下の長谷部真道僧正による「お授け(授戒)」では、十善戒及び三昧耶戒を授かり、法話を頂戴致しました。
我が善住寺の檀家・西村松代さんが代表で管長猊下に「写経奉納」を致しました。
「日本国内最大の石庭」と称される金剛峯寺内の「蟠龍庭」。
千住博画伯が描かれた瀧図の襖絵がある「土室(囲炉裏の間)」
集合写真はバスで同乗した多聞寺御一行と一緒に撮影。
奥之院(おくのいん)
弘法大師空海様が835年に62歳で入定し、以来1200年にわたって永遠の瞑想を続けているとされる「奥之院」に参拝。
杉木立に囲まれた参道には20万基以上の供養塔や墓石が並んでいるといいます。
結城秀康の墓所に見られるように、戦国武将の墓も織田信長、武田信玄、上杉謙信、石田三成、明智光秀、豊臣家一同など数多くみられます。
その神聖な空気に、歩いているだけで心が調います。
御廟橋(無明橋)。ここより先は撮影禁止。
いよいよ聖域に立ち入ります。
正智院
17:00過ぎ 宿坊の「正智院」に到着。
但馬北部の高野山真言宗の寺院はだいたい正智院が「所縁坊」になっています。
昔から高野山では、越後の国は何々院、山城の国は何々院と決まっていて、それはお寺と諸国大名との檀縁関係によるものなのだそうです。
窓の外の庭園の新緑が美しいです。
18:00 夕食。
一の膳・二の膳の豪華な精進料理です。
壇上伽藍(だんじょうがらん)
19:20 夜の「壇上伽藍」を散策。
高野山檀上伽藍の金剛峯寺側入口付近にある「六時の鐘」。
豊臣秀吉の子飼いであった福島正則が父母の菩提を祈って建立したとされています。
鐘のなる時間は6時から始まり、その後22時までの時間帯の中で偶数時のみ鐘を撞くことが名前の由来になっているそうです。
九度山の慈尊院から高野山へと続く180町の「町石(ちょういし)」の1番石。
つまりゴールである根本大塔まで残り一町(約109m)という道標。
壇上伽藍正面入り口にある「中門(ちゅうもん)」。
平成26年の御開創1200年記念事業として、172年ぶりに再建されました。
壇上伽藍の中に入っていくと、高野山全体の本堂である「金堂(こんどう)」が目の前に現れます。
右に行くと、壇上伽藍内にある真っ白な鐘楼「大塔の鐘(だいとうのかね)」があります。
当時の日本で4番目に大きな鐘だったため「高野四郎(こうやしろう)」とも呼ばれるそうです。
密教道場のシンボルとして建てられた朱塗りの建物が「根本大塔(こんぽんだいとう)」。
日本最初の多宝塔です。
高野山の中心であり、高さ約50メートルの塔が雄大にそびえ建っています。
高野山に現存する最古級の建築である「不動堂(ふどうどう)」は「国宝」に指定されています。
(※根本大塔も金堂も大門も国宝ではなく国の重要文化財)
弘法大師の肖像が安置されている「御影堂(みえどう)」。
唐に留学していた弘法大師が帰国前に「日本で密教を広めるのにふさわしい地を示したまえ」と日本に向かって投げました。
その三鈷は海を越え、日本に届き、高野山の松の木に引っ掛かっていたという伝説が残る「三鈷の松(さんこのまつ)」。
丹生都明神と狩場明神をまつる明神社の拝殿にあたる「山王院(さんのういん)」。
丹生大明神と狩場大明神(高野明神)を祀る明神社である「御社(みやしろ)」。
現在屋根の葺き替え実施中であり、御神体は令和7年7月16日に「下遷宮」され御社より御影堂へ移されているそうです。
修繕工事完了後には、「上遷宮」の儀(令和8年9月14日予定)が行われると、正智院上綱様より教わりました。
根本大塔と対をなす多宝塔である「西塔(さいとう)」。
ライトアップされた広い壇上伽藍を夜に歩くというのが、また格別なる趣があります。
高野山全体の寺院の並びを俯瞰したとき、その形が蛇のように長細くなっており、ちょうどこの細長い道のあたりが蛇のお腹になることから名付けられた「蛇腹道(じゃばらみち)」。
蛇とは龍を表すと言われます。
龍とは「水をもたらし、巡らせる自然の力を象徴化したもの」ということです。
壇上伽藍の蛇腹道側入口。
金剛峯寺(こんごうぶじ)
夜の金剛峯寺。
正智院(しょうちいん)
21:00頃 正智院に帰ってきました。
2日目
6:00頃 起床。
本堂へ向かいます。
6:30 朝勤行。
正面に祀られている大日如来。
今の園田住職さんになられてから、内陣にお参りできるよう取り計らってくださっています。
7:15頃 朝食。
8:30頃 下山します。
御所南パーキングエリア
9:50 京奈和自動車道の御所南PA「御所の郷」で休憩。
ホテルアジール・奈良アネックス
11:30頃 昼食会場のホテルへ。
ホテルアジール・奈良アネックス平城宮跡 の近くにあるホテルです。
団体の食事会場を確保するのもなかなか大変。
昼食。

岩船寺と浄瑠璃寺参拝
岩船寺(がんせんじ)
13:00過ぎ 岩船寺の駐車場に到着。
4台が岩船寺参拝で、後の4台は先に浄瑠璃寺に向かいます。
あまり大きなお寺ではないので、参拝者を半分に分けるのです。
「岩船寺」は京都府木津川市加茂町岩船にある真言律宗の寺院です。
御本尊・阿弥陀如来を安置する本堂。
岩船寺御住職による法話。
阿字池と岩船寺のシンボル「三重塔」。
なんとも絵になりますね。
桜・ツツジ・シャクナゲ・アジサイ・紅葉などが分布し、「関西花の寺二十五カ所」の第15番札所になっています。
ところどころ綺麗に咲いているものもありましたが、紫陽花の時期として少し早かったので、満開の時期に来てみたいものです。
本堂に入ります。
本堂内は撮影禁止でした。
約20.5メートルの三重の塔は「国指定重要文化財」に選定されています。
朱塗りの建物に和傘と紫陽花を飾り、とても華やかです。
門前駐車場の前には旬の野菜や漬物が並んだお店がありました。
岩船寺から浄瑠璃寺の道はすれ違いの難しい狭い道です。
浄瑠璃寺(じょうるりじ)
14:05 浄瑠璃寺駐車場に到着。
門前通りの左手には土産物屋の「わらじ屋」。
右手には食事処の「やなぎ屋」。
参道
だんだん自然の中に入っていきます。
そこに現れた左手のお蕎麦屋さん「あ志び乃店」がとても気になります。
駐車場から4分程歩くと、浄瑠璃寺の山門が見えてきました。
浄瑠璃寺は京都府木津川市加茂町西小札場にある真言律宗のお寺で、別名「九体寺(くたいじ)」と言われるそうです。
小さな山門をくぐると、大きな境内が広がっていました。
境内の真ん中にある大きな池を「宝池」というそうです。
石灯籠の中に猫が入って寝ていました。
御本尊の「九体阿弥陀如来」が祀られる本堂は西方浄土に見立てられます。
御住職による法話。
本堂(阿弥陀堂)、九体阿弥陀如来像、四天王像などがなんと「国宝」に指定されています。
大きな池の周りを反時計回りに進み、三重塔の方へ。
薬師如来を安置する「三重塔」は東方浄土に見立てられます。
こちらも「国宝」ですが、高さ約16mであり、国宝の三重塔の中では最も小さいものであるといいます。
石段を下ります。
正面からは木が隠して全貌はよく見えませんね。
池を越えて手を合わせるのが、此岸から彼岸へと向かう意味になるようです。
いい眺めです。
本堂内を見学。撮影は禁止でした。

このお寺はどうやら猫を大切にされている様子。
14:55 浄瑠璃寺を後にし、帰路につきました。
宝塚北サービスエリア
16:30頃 新名神高速道路の「宝塚北SA」で休憩。
本山参拝とはいっても、ほぼほぼ観光です。
もしよかったら、来年一緒に行きませんか。
道の駅但馬のまほろば
18:30頃 「山東PA(道の駅但馬のまほろば)」に帰ってきて、解団式を行いました。
20:00過ぎ 無事帰宅。
とてもいいお参りができ、満ち足りた気持ちです。































































































