「お月見」と「雲消し」。 「仏写し」と「他者(衆生)写し」。 「希望」と「執着」。 | 善住寺☆コウジュンのポジティブログ☆ 『寺(うち)においでよ』

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但馬、そこは兵庫の秘境。大自然に囲まれた静かで心癒される空間に悠然とたたずむ真言宗の御祈祷と水子供養の寺『善住寺』。目を閉じてください。聞こえてくるでしょう。虫たちの鳴き声 鳥たちのさえずり 川のせせらぎ・・・誰でも気軽にお越し下さい。寺(うち)においでよ!

 わかってきた!
「お月見」と「雲消し」。
「仏写し」と「他者(衆生)写し」。
「希望」と「執着」。

「べき」をはずすことにばかり偏っていると、「なりたい姿」がおろそかになり、「なりたい姿」もまた偏ると、そうなれない自分を責めて新しい「べき」が生まれてしまう。

執着は希望を隠し、希望は執着を生む。

やはりバランスなんだな~。

「重々帝網なるを即身と名づく」
弘法大師は、この世界は網の目のようなもので、その網の目の結び目は宝珠になっている。その宝珠は互いを照らし合い、映し合う鏡の世界であり、これこそが私たちの世界の姿である。
その宝珠というのが自分であり、他者に自分の姿を写して、自分を知ることができる。

 ようやく他の学びを経て、鏡の法則を使って、自分を知る方法がわかりました。
鏡の法則はわかってても、どうやって使っていいかいまいちわからなかったんですが、ようやくわかりました。

 空海さん、ユングさん、心屋さん、ありがとうございます^^
月を見る方法。雲を消す方法。
並行していきます。