リベラル とは
「こころが狭くない」
「利己的ではない」
「正当的な思想や規制の政治的・宗教的制度の縛られない」
「自立した意見を持つ」
「保守的ではない」
「政府の構想や運営に関して広い自由を認める」
確かこんな事だったような気がする。
アメリカの大学、特にリベラルアーツ系の大学・学部にすすむと
当たり前の事を基本に実際の事例をあげながら
法的に芸術的にそして数値化しながら科学的に検証していく。
不毛な神学論も交えながら。
ついでにいうと、リベラルだと自認している人々は
戦争をするのも行くのも嫌いだし、
軍隊に入った事も入るつもりもない。
労働組合と労働者の権利を訴え金儲け主義の大企業はよろしくない存在という考え。
女性にも男性と平等な権利があると信じ政府や宗教団体の干渉に反対。
ゲイやレズビアンにも異性愛者と同じ権利があり
差別する事は決してない。
環境問題にも敏感で環境オタクが大多数。
皆保険制度も教育制度の人種多様性の実現を待ち望んでいる。
ドラッグ使用者等の軽犯罪者をすぐ刑務所へ送りこむ必要なし。
大体、歴代大統領含め政治家も自分んとこの社長だって
違法薬物使用経験者だし。
これ、わたしの考える理想的な国の話ではなく
自分達を「リベラル派」と言って「リベラル」を目指そうと言っている
日本のどこかの若者グループやどこかの学者連中の話ではなく
90年代のロサンゼルスの話、と同時に90年代のアメリカ合衆国の
リベラル主義だのリベラル派だの 言っていた人々の頭の中身。
ベトナム戦争に負の終止符を打ちそれに変わるコントラ戦争を
レーガン時代の80年代から90年代にかけて散々やらかしたせいで
メキシコ、グァテマラ、エルサルバドル、キューバ、ハイチ、ドミニカ、他南米各国から
ロサンゼルスやマイアミ、ニューヨークへ難民や移民の人々が押し寄せ、
また、ソ連崩壊、東欧崩壊後のヨーロッパの人々も天安門事件後の中国人達も
アフリカの内戦状態のあの国この国の人々もロサンゼルスへやってきた。
これ、今のヨーロッパ、ドイツやフランスが抱える難民問題ではなく
90年代のアメリカ合衆国の話。
2001年以降は中東各国からも押し寄せた。
当然といえば当然、排斥運動が広まり移民取締り強化、
3strikes law(万引き等の微罪でも3回捕まると長期刑や終身刑、死刑)の強化、
いわゆる民間刑務所ベルトコンベア方式の確立。
経済が最低なので失業率は高くなる一方。
州予算が削られるので当然、公立の教育も削られ
まともな教材も割り当てられる事がない。
当時、アメリカ人大統領の中でも唯一「リベラル」で通ってたはずの
マイノリティにも人気が高かった民主党クリントンの
「裏切り」を目の当たりにし
リベラルを自認することも口にする事も
これほど、恥晒しな事はないというくらい、
アメリカの政治の中で汚らわしい言葉になったのはこの時から。
クリントンのセックス問題なんて当時のアメリカ人にとっては
どうでもよくて、アメリカ民主党低迷の最大理由は
リベラルの化けの皮がはがれ、実は共和党の保守政策と大差がないと
気づかせてくれたのだから。
リベラル派の指導者は追従するだけ。
批判されたらすぐに方向を変える。
すぐに諦める、責任を取らない。
実像や実体験がない空想好きとも妄想好きともいえる。
(日本の民主党もこの図式。)
だから”クリントン政権”から”馬鹿ブッシュ政権”まで
リベラル人やリベラルな民主党の事を信用するアメリカ人なんかいなかったはずだ。
何よりも民主党議員達が自分達を「リベラル」という言葉を使いたがらなかった。
だってそれは「嘘つき」と同義語だから。
(”共産”(red)という言葉もアメリカ人は大嫌い)
そんなリベラルのレッテルを貼られる事を嫌った有名人も多かった中、
もともとジャーナリスト志望だったジョージ・クルーニーだけは
「俺はリベラルだ」と宣言した男気のある男(笑)
いよいよ、そろそろ、カリフォルア州知事立候補準備か?という
ゴシップも最近出始めてきている。という余談はさておき、
アメリカの保守と呼ばれる共和党が根強く支持される理由は
ある意味、「嘘つきじゃない」から。
信念を貫く、曲げない、自分達の理想をひたすら追求する。
批判されたら徹底的にどんな手段を使ってもやり返す。
それが間違っていても正しくなくても 通す強さがあるのだ。
(世界各国共通の保守の強さ。現在、日本もこの図式をコピー中 笑)
あまり知られていないけど、ニクソンという人は
実は共和党の中では考え方や政策がリベラルな人で
女性の権利保護の制度化、核兵器制限条約の調印、
大気汚染防止法、貧困者を対象にした福祉制度改革を提唱したりと
リベラル受けする事をやった初の共和党大統領。
で、ベトナム戦争で100万人の戦死者を出した最悪な大統領という皮肉さを
他様々な要因は別にあるものの
リベラル派は学ばずに結局、イラク戦争を容認したのだ。
30年かけて、
特に2000年以降の馬鹿ブッシュ時代の8年間は本当に
苦しかったはずだ。地球5周分の絶望をしたはずだ。
半ば自虐的に諦めて確か2期目の馬鹿ブッシュ当選後は
若者が「Sorry everybody」のサイトを立ち上げ、
全米中の若者達が
「Sorry everybody」(世界のみんな、ブッシュを当選させてごめんね の意味)画像を
投稿しまくっていた。
ようやく”リベラル過ぎる”オバマ大統領が誕生したのは奇跡ではなく、
自分自身を「ちょっと反逆者」とウィットなジョークで
答えられるオバマ大統領自身含め、
その地球5周分の苦しさと絶望を体験しているからこそ、
リベラル派ではなく、
ノームチョムスキー倶楽部所属(加わらない左派)ではなく、
人種に関わらずハートが いたって「常識」のある人々が覚悟を決めて
”リベラル過ぎる”オバマ大統領を誕生させた。
では何が「常識」かという事を知るのは、
教育であったり社会のリアルな実体験でしかない。
国家権力や警察のレイシャル・プロファイリングの人権無視はおかしいし、
国内の銃で亡くなっている人数が1970年以降、100万人を超えているんだから
銃規制は当然だろう。
学校や企業に人種差別はあってはいけないでしょ。
宗教に支配される妊娠中絶の是非なんて現実的じゃないでしょ。
非暴力で長期刑なんてありえないでしょ。
という、肌で感じる常識さ。
なので、実体験を持たない空想と机上の常識で
「正義に酔う感じ」とか「見せかけの綺麗な言葉(英語文字)」で
デモに何万人集まろうとも寄付を募ったところで
リベラル人が誕生する訳がない。
日本人にリベラルという言葉を口に出すには
多分、50年早い という話。