阪急園田駅1分 あんや堂鍼灸整体院
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事後報告ですが

色々とお騒がせしております。

このままフェイドアウトしようかとも思いましたが


卒業生からの暖かいコメントに励まされ、

事後報告いたします。


1/5入院した父は、肺炎のあと6週間にわたり

一滴の水も飲めなくなりました(嚥下障害です)。

そのせいで唾液も出なくなり、こんどは耳下腺炎で発熱し

予定していた手術(がんを抑えるための睾丸除去)ができないまま


肝機能と腎機能もおかしくなり(抗がん剤の副作用と向精神薬の副作用らしい)


向精神薬(ハロペリドール)を中止したため、たいへん苦しんでおりました。

でも唾液も出ないのでろくに口もきけません。呂律もおかしいし、痰も絡むので

何を言っているのか、家族にもあまりわからないことが多いです。


6週にわたって点滴だけで生きているので、暴れるほどの体力もなく

ただただ 傍にいると苦しんでいるのがわかるので

せめて一緒にいようと思ってついておりました。


今日やっと、手術の目途がついたそうです。

手術がすんだら、精神科病院への転院となる見込みです。


ずっと、父が痰を喀出できるように、足の浮腫をおさえるために、

少しでも頭の混乱がましになるように、

父の背中や手足のツボをマッサージしつづけていました。


実際、背中に手を差し入れて挟脊を中心にほぐしていると、

痰の吸引をしなくても自分で痰が出せるようになったりして


私がそばにいると父の表情が少し和らぐときもあるので


やっぱりついていてやりたい。と思います。


予想し、希望したこととはいえ

自分の親を精神科病院に送る。という事態が具体化してくると

やはりうろたえ、動揺しています。


いつかもう一度、親父に鍼がしたいです。

できれば家に、一日でもいいから、連れて帰りたいです。

最後は家で看取ってやりたいです。

今はそれだけを念じています。






お詫び

あんや堂鍼灸院は 去る1月24日より営業を停止しております。

今のところ、再開の見込みは立っておりません。


ご迷惑をおかけして、心よお詫び申し上げます。


落ち着きましたらまたご報告させていただきます。



お詫びとお知らせと繰り言

家族急病のため、あんや堂鍼灸院の営業は 当分の間

水曜 16:00~21:00

木曜 12:00~21:00 のみ(要予約)とさせていただきます。


ご迷惑をおかけして誠に申し訳ございません


水・木においでいただいた患者様には

次回予約のため、私の携帯電話番号をお知らせいたします。


ここからはあんやとぉ院長の雑談(ひとりごと)です。


田舎の父(86歳)は前立腺がんの治療中でしたが

12月、毎週末に帰省するたびに、確実におかしくなっておりました。

てっきり認知症だと思ったのですが。


大晦日にはついにおむつを外してわめき始め

壁を叩いて意味不明のことを叫び、暴れるようになりました。

TVを蹴り倒したり、真夜中に窓を開けたり(外は雪、氷点下)

食事も水もまったく取らなくなりました。


こんなに急激に認知症が進む病気はなんだ?

抗がん剤の副作用か?脱水症状か?レビー小体病か??

一生懸命考えましたがわかりません。


父はがんのために尿閉状態でしたので、尿管ステントを入れています。

つまり、おしっこは24時間点滴のようにポタポタ漏れ続けます。

その状態でおむつを拒否して暴れられたら…

我が家のお正月はちょっと悲惨でした。


壁を叩いてわめく父を押さえながら、年を越しました。

そのとき、全国にこんな家庭は、実はいっぱいあるのかも。と思いました。

これが日本の高齢化社会の現実だ。なんて、ちょっと思ってしまいました。


その後、1/5に父は救急搬送されました。

認知症だけでは運んでくれませんから、「脱水」をひたすら強調して救急を呼び

隊員が三人がかりでおさえつけて

でも受け入れ先が見つからず

がん治療している病院(泌尿器科)に無理を言って再三お願いして

やっとのことで受け入れてもらえました。


そこで言われたのが、「認知症ではありません

「精神疾患だと思われます」


記憶、計算などの能力は正常です。幻聴や幻覚があり、

何日も眠らず水も取らずに喋り続け、

監視されている、コントロールされているといった妄想があり…

おむつ交換も点滴も、ものすごい力で抵抗します。

母を叩きますし、看護師さんには噛みつきました。


いったいなんやねん。86歳で統合失調症ですか??


しかし、それがはっきりする前に、気道閉塞と肺炎を起こしました。


1/12の夜、病院に呼ばれて

「血中酸素濃度が50%になっています。気管挿管しますがいいですね」

「人工呼吸器はどうしますか」と聞かれました。

幸い、ドクターの処置がよく、まもなく気道閉塞はおさまり、挿管はしないで済みました。

しかし、そのあと肺炎に。


これで逝くのか、と思いましたが(何べん父に別れを告げたことか)

現在は熱も37度台に落ち着いて、衰弱のため暴れることも少なくなり、

絶飲食のままブツブツとしゃべり続けています。


このあとどうなるのか。

急性期病院の泌尿器科にいつまでも置いてもらえないことはわかっています。

しかし、受け入れ先はあるのか。

精神科ではがん患者は受け入れないし

がん病院では精神病患者は受け入れません。

いわゆる、医療難民てやつになりそうです。


現在、私も家族も、もう考える気力をなくしてしまい、

まぁなるようになるだろう。

家族みんなが総倒れにならないよう、一日一日を乗り切ろう。
と言い合っています。


正直言って、明日のこともわからない状態ですが

(私にも何がなんやらわからないのです)


とりあえず 月・火は学校での勤めがあり

水・木は細々とあんや堂で鍼を打ち

金・土・日は金沢で父の状態を見守り、母が介護疲れで倒れないよう気を配る。


というふうに考えています。急変があれば、また変わるかもしれませんが。


患者さんだけでなく、友人知人にも、

父のことを語るのも、隠すのも、しんどい。


だからここに書いておきます。


ご迷惑おかけいたしますこと、お許しください。






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