現在大学生の娘が中学三年で摂食障害(拒食症)を発症し、回復までの道のりと個人的に感じたこと、思ったことを記録しています。
だいぶ間が空いてしまいました。
3月、4月は娘の大学入学準備や私自身の仕事再開もあって忙しく、5月は次々病気に罹り、なかなか体調が戻らないでいました。歳のせいですかね?ようやく戻りましたが、マイペースに更新していきたいと思っています。
娘は現在大学生活を楽しんでいます。
入学して1カ月くらいは、「友達ができない」「もうグループができ始めてる・・・」と暗い表情で話していて、「高校1年時の状況再来!?
」と危惧しましたが、娘、頑張りました。今は仲の良い友達ができ、サークルにも入り、充実した生活を送っています。何より「人と会って話すことが楽しくなった」という娘の言葉に心から嬉しく思いました。
過去と現在いったりきたりでわかりにくくてすみません。
ここから娘が高校1年の終わり頃の話です。
↓入院から退院までの大まかな流れはこちら
小・中学生のころの娘は、本当に“いい子”でした。
強く反発したり、言い返したりすることがなく、
育てやすくて助かる、と思う反面、
「このままで大丈夫かな…?」とちょっとした不安も、心のどこかにありました。
けれどその不安に、どう向き合えばいいのか分からないまま、日々が過ぎていきました。
そしてその心配は、拒食症、いうかたちで現実となってしまいました。
退院後、娘の心の回復のために
改めて娘との関係性を構築していくなかで、
私には一つの目標がありました。
それは「娘が、私に対して怒ったり、反抗できるようになること」。
この子が、自分の本当の気持ちを表現できるようになってほしい——そう思って、私は娘との関わり方を見直していきました。
すぐにアドバイスをしないこと。
すぐに私が判断を下さないこと。
「すごいね」と褒めるよりも、「ありがとう」「うれしい」と私の気持ちを伝えること。
そんな小さな心がけを重ねながら、娘の気持ちに寄り添う時間を持つようにしていきました。
ある日、娘と一緒に、小さいころのアルバムを見ながら思い出話をしていました。
学校のことで元気がなかった娘が、久しぶりに楽しそうに笑ってくれて、私にとっても穏やかで幸せな時間でした。
そんななか、私の子どもの頃の話になり、
片付けが苦手な私の勉強机はいつも物があふれていて、きれい好きの私の父に
よく机の上の物を全部ゴミ袋に入れられていた、
そんな話をしました。
その時、娘が少し遠慮がちに言いました。
「ママも私に同じことしたじゃん」
……!
そうでした!
たしかに小学生の頃の娘の部屋が散らかってたとき、イライラして物をぜんぶベッドに置いたことあったな……。
「そういえばそうだったね。じいじと一緒だね」と笑って返すと、娘がひとこと。
「嫌だったよ」
(よし!言えた!)心の中で拍手。
「ごめんね。あのときのママ、イライラしてたね」
「うん……」
そのあとの会話はあまり覚えていませんが、
娘の目には涙がにじんでいました。
きっと、自分の思いをようやく言葉にできたのと、
親である私にその時の気持ちをわかってもらえた、と思ったのだと思います。
その日を境に、娘は少しずつ私に言い返すようになりました。
高校3年の頃には、「ママのそういうところ、良くないと思う」と、冷静に意見をくれるようにもなりました。
たぶん、娘の中で「言っても大丈夫」と思えるようになったんだと思います。
その「大丈夫」には、2つの意味があるように思います。
ひとつは、「言っても自分が傷つけられない」こと。
もうひとつは、「ママも、それくらいで傷ついたりしない」と信じられること。
私は、厳しい父に育てられたせいか、
「私は適当な性格だ」と思っていましたが、
実はけっこう完璧主義なところがあったようです。
娘が私の基準から外れる行動をすると、
理詰めで正そうとしたり、
「それは違う」と言い切ったりしていました。
穏やかで、言葉で表現するのがあまり得意ではなかった娘は、そんな私に反論するのを諦めてしまっていたのかもしれません。
でも今は、自分の意見も聞いてくれる、
気持ちをわかってもらえる、
そう思えたのかもしれません。
また、親である私が、少しずつ“動じなくなった”こともあると思います。
娘が拒食症になる前の私は、娘が落ち込んでいると、私まで一緒に不安になっていました。
娘はそれを感じ取っていたのでしょう。
でも、拒食の娘に伴走するなかで、私自身も少しずつ成長し、おかげで?多少のことでは動揺せず
どんと構えていられるようになりました。
もちろん今でも、娘に何かを伝えるときは慎重になります。
社会に出たときのことを思えば、多少のことでは傷つかない強さも持ってほしい。
けれど今の娘の気質と心の成長段階を考えると、
「言い返せるくらいの言い方」を探しながら伝えるようにしています。
でも、あの頃と比べたら、娘はずっとずっと、強くなりました。
これから先、バイトや社会の中での経験を通して
きっともっとたくましくなっていくと信じています。
それは、「嫌だった」と言えた、その一歩から始まったのだと思います。
