以前、この世界は高次元の存在のシミュレーションゲームでは?という説を書きました。
その「高次元の存在」というのは、もしかしたら「◯百年or◯千年後の未来の自分たち」なのかも?? ( ゚д゚)
(・・というか、今の自分は未来の自分のアバター?)
最近、いろいろな作品の表現から、その可能性について考えるようになりました(もちろん、トンデモ論です! (・Д・))
その考えのもとになったものをいくつかあげてみます。
アマダス・セント・ジャーメインという存在をチャネリングした本、「神性を生きる」には、このように書かれています。
あなたはすでに目覚めています。アセンションをしています。
いまあなたは自分がどのようにそれを体験したかを、振り返って見ています。
あなたは時間を旅してさかのぼり、アセンションの旅を体験しているのです。
実はあなたはあなた自身を回想しているのです。
わたしたちはもうアセンションしていて、その経緯を再体験している? (・Д・)
過去の追体験ということなのでしょうか?
そして、クリストファー・ノーラン監督の「インターステラー」
主人公のクーパーが、高次元の存在たちが作った、時空を超えた世界に導かれるシーンがあります。
その時クーパーは、自分たちを導いた存在のことをこう言います。
「呼んだのは彼らじゃない、俺たちだ」
高次元の存在とは、「 四次元を超えて進化した自分たち人類」=「未来の人類」だと言っています。
未来の自分たちが、時空を超えて、過去の自分たちを呼び寄せる・・ ( ゚д゚)
(ちなみに「グレイ=千年後の人類説」っていうのもありますけど・・ ^ ^)
同じく、クリストファー・ノーラン監督の
「テネット」
この映画は、未来から過去に時間を「逆行」するというストーリーです。
「時間を逆行することが可能」ということを、示唆しているのかもしれません??
そしてこのブログでよく取り上げる「22を超えてゆけ」シリーズにも、
「いにしえの未来」「新たな過去」というワードが登場します。
「いにしえの未来」・・って、未来はもう既に存在していたということ?? ( ゚д゚)
「新たな過去」・・過去がこれから新しく作られる・・??
わたしたちは未来から、地球フィールド上のアバターにログインしている・・
未来の人類が、記憶をキャンセルして「21世紀の地球ゲーム」にエントリーしている・・??
もしかして、もしかしたら、そんなこともあるのかもしれません・・?? (・Д・)
(な〜んて、ブッとび妄想ですよー・・ ^_^;)