『 人とは違うものを見ている』
語りかけてくる。
そこに意味があり、意味はない。
その、言葉らしき言葉に
その、言葉でない言葉に
意識を向ける。
それらを聞き取るのは
人の言葉を聞くのと同じだと言う。
本人が聞こうとして聞かなければ聞くことが出来ないと。
常に語りかけといると言う。
そのことばが耳に入っても聞けるものではないと言う。
聞く とは、奥が深いのだと。
聞く とは、基本に自分というものが存在して成り立つことだと
そこに自分の形が有れば、そこに移したと同時に自分の形に変わってしまうと・
よって、聞き入れたそのものは真実ではないと。
ならば何を信じ、何をもとに行動すればいいのか?
それは、自分を信じ相手を信じここで起こっているすべてを信じること。
自身の真心を信じて行動する。
すべては自身の責任の元で
責任の持てぬものに手を出してはならぬ。
口出しも無用。
その時はぐっとこらえ出来ぬ自分のふがいなさに涙し、泣かぬ自分をつくり出せ。
何十年かかっても良い
そこに向かっているのであれば。
人は、何時の時も足らぬ自分に涙するものだ。
何故なら、見えるものには果てがないこの世の中。人一人のカで及ぶものではない。
だが、その人一人のカですべてが動く。
足らぬと知れば足す事が出来
足りていると思えば、それは減ることを意味する。
それは、欲ではなく希望。