言葉 | 【 楓 】

【 楓 】

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『 1+1=2だと思ってはいけない。
1+1+α=B だ。1+1=2だと思っている者にはそれでしか存在しない。2は2にとどまる。
しかし、物事とは常にa(アルファー)が存在する。そしてB(ベータ)と変化する。
もっと言えば数字とはすべてがa(アルファー)であり。B(ベータ)への移行。
また、言葉さえそれに等しい。
すべてのものはa(アルファー)である。
そこにあるa(アルファー)をどう取り扱うかがその人なのである。
その人が生きていくなかで数多くのa(アルファー)と出会いどのように対処したか。それがその人の色となりその色がその者の名でもある。
金で人を雇ってはいけない。金に雇われることになる。金に支配されてはいけないのだよ。金で雇うのではなく愛で雇いなさい。労働の対価として賃金を払うだけ。あなたから見れば大差もなく等しくも思うだうう。だが、こちらから見れば大きく違う。天と地、またそれ以上にかけ離れるものだ。些細な事と思われることにこそ注意深く自分を観察する事だ。それは果たして‘゛愛’ なのか?とネ。出しもしないものは入りもしない。循環は常に流れの中にある。
a(アルファー)は、いつでも何処にでも存在する。それに対して自分はどうすべきか、自分の奥底に聞いてみると良い。自分は何でも知っている。何をすべきか知っている。その答えを疑ってはいけない。そうした事を疑ってはいけない。物事には正解など何処にもありはしない。だが、各々にやるべき事はある。それが間違ったと思えることだとしても。逆に言えば、間違いを犯さなかった者は誰1人として居ない。私は間違った事などないと言う者は知らないだけだ。無知による錯覚にすぎない。
何故ならば、人は多くは取れないからだよ。すべてを掴めないからだよ。間違いを犯して居ない者が居るのであれば、この世に戦争もなく餓えるもの存在せず。虐待もなく悪など存在しない。それらは人1人1人の門題である。しかし、人は多くは持てない。シャンパンタワーの様にまず、1番上の自分と言うダラスを満たし、次へ次へと満足して行く。それが有るべき姿。世界とはほど遠く見て見ぬ振りをする。それがいけないこともない。しかし、何故、そこに居るその人に手をさしのべられないのか。その手にもつ水を分け与えられないのか?その水を与えたら自分の水が無くなるか?
ならば、明日のあなたか飲む水も無くなるだろう。
その手に持つ水は、あなたがその目の前の者に分け与えるためにまずあなたに託した水。あなたはそのチャンスを与えられたら。
あなたは個を選ぶか全を選ぶか?
個は個の分だけ全は全の分だけ与えられる。』