前の項の続きだが
その後も夢を見続けた。
夢の中で寝ている私。
左脇に誰かが立っている
大人と子供だ…
私はそれに気づいている
私はその二人が私が気づいていることを知らないと思って「うーん!」と声を出した。
どこかに行ってくれると思ったからだ
それでも二人はそこに居て私を見下ろしている。
なんか少し怖い
なんでそこに居る!
今度は足を投げ出した。
実際の足も投げ出され床にぶつかって痛かった。
この状況から逃れるのには目を覚ますしかないと思い目を開けた
実際に目を開けたのである。しっかりと起きた。
夢から覚めて目を開けたのにまだそこに居るのだ…。
私は"なんでっ!"
夢は夢に終わらず、そこには人が立っていて少し動いている。
なんでっ!
なんで私なんだ!
受け入れられずにいた
多少パニックになりながらも先日浮かんだ言葉を思い出した。
"自分にとっていらないからといってそれを拒否してはいけない。自分が腹がいっぱいだからといって要らないと言ってはいけない。隣の者が必要としている。遠くの者が腹を空かしている差し出されたそれは、隣の者に与えるもの。差し出されたそれは、遠くの者が食べるもの。我が身は我が身だけではない"
というような内容。
そして私は納得した。

あるがままに生きるしかない。
必要なものは必要なときに必要なだけ来る。
必要でないものはいくら待ち焦がれても来ない。
今日、昼間に何度も浮かんだ言葉は
『何が災いするか分からない。何が幸いするか分からない。』
イヤだと思っていたことが好ましい結果を生むこともあり、またその逆もある。
初めから物事を決めつけて対処するのはどうか…?
