毎日…夢を見てる。
寝る度に夢を見てる。
寝なくても目をつぶっただけでも夢を見てる。
昼間、ほんの数分の間にも見たりする。
さっきのお昼寝の時に見た夢は、長く疲れる夢だった。
それらの夢や映像の意味はしばらくたってから理解する。
今、理解できる事だけ
今、出来ることだけ出来れば良いのである。
相手に対しても同じ事なのである。
だからすべてをやり過ごすのである。
それは一見、怠惰に見えるが怠っているのではなく待っているのである。
"待つ" という行為は楽な方法に見えるが
なかなか人は待つことが苦手なのである。
ただ待つのではなく出来る限りの施しをしてからでないと待っても意味はないのである。
種をまかずに花を見たいと思うも同じなのである。
種をまいて条件がそろえばその種は育つのである。
自分が好ましいと思える種をまかずば好ましい花は見られない。
今、自分が撒いた種は何の種か?
そこから始めねばな…。
人は生きている限りはあらゆる種を撒き続けている。
それがいきるということでもある。
その撒かれた種はあらゆる場所で育つ。
自分が知りもしない場所にさえ…。
あらゆるものを取り扱うとき
言葉や物、自分の手足、身体 あらゆるものを取り扱うとき
自分に関わってくれるすべてのものに対して敬意を持って関わらせてもらう。
関わらせてもらった先のその行き先も自分の手によるものだと知ること。
自分が関わったその時よりもその先を思案することが出来れば良いのである。
