ポンペイには3つの公共浴場が残っているそうで、その一つTerme del Foroへあしあと
洞窟のような真っ暗な通路を進むと、一度中庭にでます。


サンサンと降り注ぐ太陽に、改めて南イタリアを感じますたいよう。




さらに進むと脱衣場に着きます。
こちらの床のタイルも当時の物だそう。


壁には衣服などをしまっておいた棚ならぬくぼみが残っています。


さらにはまだまだ綺麗に残るフレスコ画キラキラ


馬とかうま

プチ行列で覗き見る先には、サウナで熱くなった体を冷やすための浴槽が。


上には穴が。



お次の部屋には、豪華大理石の水飲み場かんむり



こちらも有力者からの寄贈品で、ちゃんと名前と寄贈額が彫ってあるそう苦笑
光で見にくいけど、上にはかすかにネプチューンの顔が彫ってあるのが見えます。



続いてのお部屋は、面白いことに男性が天井を支えているような感じ。





この合間にも物が置けたよう。


これは確か火鉢で、こちらも寄贈品。


こちらには名前は入って無いけれど、この牛の紋章でどの家の寄付だかすぐ分かったそうな。


今も昔も政治ですな。。。


一番奥のお部屋は浴室シャボン黄色


壁が一部抜けてて、その仕組みが見て取れます。


二重になっている壁の合間に熱い蒸気をためて、部屋全体を温めていたのだそう。
もちろん床も。
今の床暖房じゃんお
いかに進んだ文明だったかを改めて感じさせてくれますキラキラ
天井には溝があり、ちゃんと水蒸気が天井から垂れること無く、伝い流れ落ちてくれるのですお




浴場を出た目の前、さて何があるでしょうか?


バールです
ビール
ガイドさんが実演してくれているように、店主は中からサーブしたそう。


今も昔も、「一風呂浴びた後は一杯!」ってやつは変わらないってことですねハート
ここには時代も国境も無いんだなぁと一気に親近感ぁげぁげoo
って酒飲みだけの論理かな?
この窪みの中にはもちろん、ワインがあったそうな赤ワイン
ただ今のワインと違ってかなりドロドロしたもので、水で割っていたようですが。。。

この目の前の道には轍も残っていました。






続いては、いくつかのお屋敷へ
あしあと
こちらは有名な悲劇詩人の家Casa del Poeta Tragico。
何が有名って、この入り口の床のモザイク画キラキラ


フェンスと影で見にくいけど、犬ですchiro
その下には「猛犬注意」の文字。
こちらも、今も昔も変わりませんね。



もうひとつお屋敷へ
あしあと
こちらが当時の一般的な造りだそう。
入るとすぐに中庭。


壁は崩れつつも当時のフレスコ画の一部が見られますキラキラ


その右手には門と、そこを入ってすぐのいわゆる応接間。


天井に穴が空いた下に溝が施してあるのは、雨水を貯めるためだそうな雨
ちなみにすぐ脇の部屋が寝室だったそう。

応接間の隣には細長ーいキッチン。


奴隷さん、大変です疑いの目

さらに隣はダイニングルーム
ディナー


壁には綺麗にフレスコ画が残ります
はなまる
ここで裕福な方達は、何時間にも渡って横たわりながら、奴隷の給仕で御飯を楽しんだそうな疑いの目
極楽な暮らしですキラキラ



次のスポットに向かう途中の壁には、こんな素敵な模様が残ってましたキラキラ


容赦なく照りつける日差しの中、まだまだ続きますたいよう。


目抜き通りに戻ってまた進むと、中心地フォロに到着ですあしあと



フォロはポンペイに限らず古代ローマの街には必ずあった多目的広場。
周辺は神殿や市場などが並び、まさに人の集う場です。
同様に現在は観光客がもっとも集まる場所。
すごい人でしたsweat*

背後にはヴェスーヴィオ火山が見えました
火山



また飛行機雲
ひこうきぐも

そしてその前にはユピテル神殿
パルテノン神殿
この最も有名な景色で記念撮影


当時フォロの周囲は、列柱が立ち並ぶ回廊が囲んでいたそう。
右手にはその一部が今も残っていました。




太陽と重なってすごい迫力。。。


文字が刻まれていました。
意味は。。。確か説明いただいたのに失念aya




後ろにはバジリカ。


バジリカとは現代イタリア語では教会など宗教施設ですが、これが建てられた当時はまだキリスト教布教前なので裁判所を意味するそう。
また当時はフォロの下には全て大理石が敷き詰められていたそう。
豪華かんむり
一部残っていますキラキラ



すべて大理石なんてすごいキラキラ


古代の井戸の跡もありました。




正面に続くのはVia dell' Abbondanza。



残念ながら今回はここより先は行く時間がありませんでしたが、有名な売春宿や円形闘技場があります。


ちなみに後ろを振り返ると今歩いてきたVia Marina。




Via dell' Abbondanzaの脇にはエウマキア館。
羊毛職人組合の所有で、アウグストゥスの融和とアウグストゥス皇帝への忠誠を誓い、巫女エウマキアによって献納されたそうな。
ここの入り口の門がすごいッ!!2★a



なんと全面に綺麗な3Dの彫刻キラキラ
カバーはしてありますが、本物です*


ウサギrabbit*


花


セキセイインコ青オパーリン横


入り口前にもゴロゴロ大理石が散っており、すべて当時の本物だそう
キラキラ
こんな分厚い大理石も残ってましたキラキラ


さらに入り口すぐにあるこちらの部屋。



ガイドさんからまた質問タイム
ほっ
「何のためのお部屋でしょう?
そもそも石けんや洗剤の無かった当時、何を使って洗濯していたのでしょう?」
正解は尿お
人間のも動物のも使っていたそうsweat*
尿に含まれているアンモニアはアルカリ性なので、油脂汚れ等を分解出来るためで、こちらのお部屋はそれを貯めるためにつかっていたそうな。
想像するだけで。。。臭いで頭痛くなりそう。。。



エウマキア織物展示場のお隣はヴェスパッシアーノ神殿
パルテノン神殿


やはり大理石がふんだんに使われており、一部残っていますキラキラ



ヴェスパッシアーノ神殿のさらにお隣は市場です。
入ると中央にこんな円柱が。


ガイドさん「さてこれは何に使われていたでしょう?」


正解はいけすを囲う土台だったらしい。



さらに壁面にはこんなフレスコ画が残ってます。


これらは何でしょう?
正解はメニューメニュー
港のあったポンペイには外国人も来たため、言葉が通じないこともあったからだそう。
確かに魚やパンの絵などが見て取れました魚



そしてその前には、すごい人だかり。


ショーケースが二つ並んでおり、ここに有名なポンペイ人の石膏が残っています。


再三ですが、これは人そのものではなく、高熱のガスや溶岩で人が火山灰にうもれ、肉体が朽ちた跡もそのまま空洞として残ったところに、石膏を流し込んで掘り出した物です。

こちらは奴隷だったそう。



腰のベルトに鎖がつながれていました。
苦しんでいる様子が伝わってきて驚愕。。。
かなり細いけれど、頭蓋骨も歯も綺麗に残っていました。

もう一体はもっと身分の上の人だったのではないかと。
こちらのほうがあまり綺麗に残っていません。
身分の高い人は豪奢な生活をしていたので、それだけ甘いものなどでやられていた可能性があるそうです。




背中すごいことに。。。


しっかしこの人たちも、何千年も後に、何十万何百万の目にさらされるとは夢にも思っていなかったでしょう。。。
残念ながら時間の制限上、我々はこの二体しかお目にかかれませんでしたが、もっと遠くまで行けばたーくさん見られるそうです。
参考までに。。。
最初は写真撮るのもはばかられましたが、あまりに未知の体験に、じっくり見学してしまいました。



通りかかったお家に入りました家


当時の平均身長は150センチくらいだったそうなので、こんなに低いのです。


現代ではちびっ子の私も、当時なら普通か女性としてならやや大きくなれたりするのかなーと妄想
笑顔



こちらは通りに残された標識。
ガイドさん「これは何でしょう?」



正解はポーター、運び屋さんです。


港から重い荷物を奴隷たちに運ばせていたのではないかとのこと。


このあたりの道は随分整備されている風でした。

さて続いては古代ローマの名物公共浴場ですお風呂
しっかし、快晴もいいとこたいよう。
暑すぎ~鼻血ブー♪