私は中学3年生でした。


今はどうか知らないのですが。

「1組は学年主任のクラスで、問題ありそうな人間が揃う」みたいなセオリーがあったと思います。


先に結果を言うと、うちの学年は

「2年1組から3年1組に、36人中9人が繰り上がる」みたいなことになりました。

(私も、その中にいましたが)


その9人は運動部の部長とか、問題ありそうな人とか、

主要人物とやたら仲が良い人とか。

そういうメンバーなんですけどね。


欲を言うなら、あと5人くらい繰り上がってほしかったな…という

とても問題がある2年1組が懐かしいというのもあるのですが。

それはさておき。


30年前の今くらいのとき2年1組の男女4人で

「クラス替えをして、誰かだけいじめに遭った場合は、どうするか」

みたいなことを、真面目に会議していた記憶があります。


利害関係が絡むと、すぐに動く4人での話です。


あの頃、あんなに神経質になったのに。

全員3年も同じクラスになるとは。


3年になったとき、4人で苦笑しました。

(「またかよ」みたいな)


けど。


そのクラスには、

「問題起こしそうな人」と

「いじめに遭いそうな人」と、転校生も含めて色んな人が多数含まれていたので、

わりと忙しい1年でした。


あの頃気付いたことなのですが。


「不安が生まれるところに、いじめが起きる」みたいな感じがあると思います。


イーストの働きを助長するのは、砂糖…みたいな感覚です。


あれだけ主要人物を入れたら、1組でいじめを発生させるのは、不可能でした。


色んな意味で、みんな安定しすぎていたのです。


あのときのクラス替えを

策略として考えた先生は、わりと凄いなと思いました。


良い勉強になりました。  


いじめは、周りの不安指数の掛け算で規模が大きくなるかどうか決まるのだと思います。


ちなみにですが。戦争→「政治の失敗の結果」であって、戦争自体に価値はないはずです。

(経済系の目的がある戦争も、元々は政治の失敗の結果だと思います)

そこんところは、人類の悩ましい部分だと思います。


さて、話は戻りますが。


「あれほど神経質になったのに、他力で問題が去ること」は、

人生の中で時々あると思います。


そういうことが、増える世の中になってほしいですね。


あの「他力で問題が去る」の感覚、

時々思い出したいです。


という、最近よく思うことの話でした。




付け加え


ちなみにですが。

私が学校の主要人物と仲良くなったきっかけは、

「自分のいる女子テニス部全体の地位が、弱小すぎるから、どうにかしたい」という気持ちからでした。


そういうの、面白いんですけどね。


という付け加えをして終わります。