
4月16日は、
喜劇王「チャップリン」が生まれた日。
本名は、
チャールズ・スペンサー・チャップリン・ジュニア。
1889年(明治22年)イギリス、
ロンドンの芸人の子として生まれ、
俳優、映画監督、コメディアン、
脚本家、音楽まで手がける多彩ぶり。

貧困階層の生き様や、
世相を風刺した数多くの作品で親しまれています。

くたびれた服装に、山高帽子。
ステッキに、ダブダブのボロ靴履いて、
コミカルに歩く、ちょび髭の人物。
「放浪紳士」という名前のキャラクターだったとは、
知りませんでした。
放浪紳士は、名前も生い立ちも不明な謎の人物で、
嘗て栄えた貴族の出とも、
殺戮兵器を開発した、天才科学者とも言われ、
その物腰から、波瀾万丈の人生が伺えます。
チャップリンの代表作『街の灯』と言う作品は、
当時、無声映画で、87分程度の作品ですが、
製作に3年を要したそうです。
花売りの女性との、
最初の出会いのシーンだけで、
1年以上かけて撮り直したそうです。
どうすれば、
盲目の花売りに、浮浪者の「放浪紳士」が、
お金持ちに間違われるか、
チャップリンが頭を悩ませた結果、
思いついた演出手法は、
車のドアが閉まる音。
当時、車を所有しているのは、
富豪の証拠。
その車は浮浪者のものではないのですが、
目の見えない花売り娘は、
車のドアが閉まった音を聞き、
金持ちだと勘違いしてしまうのです。
今となっては、何のことはない演出も、
産み出すまでは、何事も大変なンですね!。
放浪紳士の持つ、竹製のステッキは、
何と日本製。
滋賀県の草津市の竹で作られた物だそうで、
しなりが強く、握り具合がしっくりしたそうです。
チャップリンは、大の親日家として、
有名だったそうで、
彼のマネージャーは、
当時、珍しい日本人(高野虎市)を採用し、
「アメリカ人は、四角い部屋を丸く掃くが、
日本人はキッチリ四角く掃く」と、
日本人の実直な仕事ぶりを高く評価していたため、
運転手からお手伝いさんまで、
家の使用人の殆どが、
日本人で占められていたそうです。
大の天ぷら好きでも知られ、
海老の天ぷらを36尾も食べたとか・・。
また、来日した際、
五・一五事件の暗殺リストにのっていたとか、
当時、創立したばかりの、
富士フイルムの株を所有したり、
日本と密接な関係にあったチャプリン。
1970年の、大阪万博に招かれたそうですが、
来日は叶わず、その7年後の、
1977年12月25日、
クリスマスの朝に、
スイスの自宅で亡くなったそうです。
(享年88歳)
ちなみに、日本の喜劇王、
萩本欽一さんは、一度チャップリンと対談しているそうです。
多忙で、気難しいチャップリンに、
なかなか面会できなかったので、
欽ちゃんは、女装をして見たり、
マネージャーの隙をついて、
屋敷には射込もうとしたり、
悪戦苦闘の末、お会いできたそうです。

