『孤島の王』 | 空のブログ

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見た映画

劇場で、「ステラン・ステルスガルド」を連れ3人がつかえず言えたら一人¥1000で観賞出来る・・なんてイベントも行われていますが、今日は1日。ファーストデーなので、普通に¥1000で『孤島の王』見てきました。


問題を起こした少年たちが送られる矯正施設なんだよね・・
だから、甘い訳にはいかない。それは解るんだけど、ろくでなしの両親を持つ11歳の少年に必要なのは、厳しい罰だったんだろうか・・

この島の異常さを、幼くは無い少年エーリングの目を通して描かれる。
あらゆる抵抗を押し込め、優等生となることでこの島を出て行こうとする嘗て11歳の少年だったオーラヴ。
だけど、自由を目前にして、抑えられなかった。
彼もまた、寮長の性的虐待を受けていたのだろうと思う。
理不尽な体罰も。

勿論彼らは何ら課の罪を犯していて、その償いをしないといけないのだけれど、最低限の人権はあるのだ。
私たちは恵まれて居る。少なくとも、主張する人権を与えられているのだから。
こう言うところに限らず、人権を認められずに踏みにじられてきた歴史が多々有った。

とてもシリアスな映画なので、失礼かと思うが、『エンジェル・ウォーズ』を思い起こした。
あれは、人権を奪われた少女たちの話。あまりにファンタジー色が強すぎて失笑を一部でかったが、世界観も表現法も全く違うのだけれど。
最後に前を向いて歩き出すのが、主人公じゃない・・と言う点も似ているのかも・・

そして、アラン・リックマン監督作の『ウィンター・ゲスト』のラストシーンも思い浮かんだ。
物語の中軸ではない、一人の少年。
後に『ハリーポッター』シリーズでグリフィンドールクディッチチームのキャプテン、オリバー・ウッドを演じることとなるショーン・ビガースタッフは、脇役でありながら、ラストシーンを演じる。
氷の張った海を、歩いていく。そして見えなくなる。
彼がどこかにたどり着いたのか、どうなったのか・・解らない。

少年は海を歩いていく・・それは何の象徴なんだろう。
可能性とか、自由への願望なのかな・・

多くの少年たちは、報われなかった。
恐らく、あの島を出ても、幸せな社会ではなかっただろうけど。

今、平和の時代に事実を元に語られることで、少しは報われるのだろうか・・?

院長は決して悪ではない。
思いやりも信念も有った。
だけど、問題が起きたとき、それをどう処理するかで評価が決まるよね。
本当に善ならば、方法が有ったはず。
救いが無いわね・・


とりあえず、月の初めの1日から、良い映画が見られて私は機嫌が良い。


なのに、私がストレス溜めながら毎日仕事をしていたこの世間一般での3連休、ウチのブラザーズの父親はタイガース戦3連戦見に行っていたらしい事を知ってしまった。
本当に、憎しみしか沸かないわ。