邦画はあまり観ない(100本に1本くらいの割合?)んですけど、この阿部寛って言う人は、比較的私のアンテナに引っかかる映画に出るので、見る割合が高いです。
重松清原作の『青い鳥』のどもりの先生役は凄く良かったし、『歩いても、歩いても』の普通の人役も良かった。この時の舞台挨拶を最前列で見たけど、日本人には珍しく立ち姿が様になる人でした。
まぁ、何より、ベィビィブラザーがこの人のファンなので、予告とかで流れると、目に止まっちゃうんですよね。
田舎ってね、確かに若者の夢に優しくないのよね。
今まで有ったものを守っていくことに平安を感じているから。
こんな人が実際に居て、背中を押してもらった彼らは本当にラッキーね。
今は亡き親友を後押しできなかった後悔も有ったのかな。
最期のシーン、支えを失った彼らと、夫を、父親を、息子を亡くした家族らと、誰が一番辛いだろう・・
私は、息子を失った母親だと思うんだ。
大切な人を失ったら、大きく開いた喪失感を、思い出や、時間で埋めていく。
奥さんは片翼をもがれた気持ちかも知れないけれど、そのキズはオブラートで包むように、いつか癒すことが出来る。
同じく思い出や時間でね。
父親を失った子供は、そこを他の物で埋める事は出来ないけれど、彼の残した物や、しようとした事や、人脈で、穴を小さく出来るのかもしれない。
そして、これから出来る沢山の思いで包んで行ける。
でもねぇ、我が子を失った親は、ずたずたに切り裂いて、大切なものをわが身から引き裂かれる気持ちだと思うの。
思い出も、彼の友達も、彼の夢も、全部その傷に沁みて痛い。その喪失感は絶対に癒えない。
そう言う物だと思う。
でも、同時に、常に、いつかこの子の命が尽き、最期を迎える時はどうか心安らかで愛する人に囲まれて惜しまれて、穏やかな最期であって欲しいと願うはず。
そういう意味では、彼の最期は理想的だった。
彼を慕う若者と、妻子と自分に見送られ、惜しまれる最期。
唯一の救いだね。
ベィビィブラザーの入院中の友人は、数日前から面会謝絶です。
彼らが行った時にうっすらと意識が有ったのは奇跡だったのかも・・
16歳の息子を失おうとしているお母さんの気持ちを考えると、辛いわ・・