奴隷になる事を受け入れ、あり得ない誓約書にサインをして踏み出した一歩。


35歳で初めて飲食の仕事をやる事、それがラーメン屋という重労働、さらに怒号が飛び交う環境で働く事。

全て覚悟はしていたはずだった。
とにかく何もかもが甘かった。

昔から人に取り入るのが得意だった。
自分の武器はデタラメな人間性と、デタラメの話術。人の懐に入り込んでは自分のペースに持っていき、都合よく物事を運んでいく。

元々は人が好きで、人垂らしの一面を持っていた僕は、鬼ヶ島でも店主(赤鬼)に気に入られようと立ち振る舞ったが、そんな輩は今まで何人もいたようで簡単に近づく事は出来なかった。

それならばと鬼ヶ島で先に働いていた兄弟子と仲良くなり、そこから突破口を見つけ出そうとしたが、兄弟子は素っ気なく全く受け入れてもらえない。むしろ目に光が無く、日々に絶望しているような雰囲気をまとっていた。

唯一の自分の武器が全く通用しない。
お客さんとの会話は禁止、スタッフとの私語はもってのほか。ココで求められている事は没個性。
ただの作業員として働く事のみだ。

働き初めて1カ月が過ぎた頃には僕の目からも光は消えていた。
毎日のようにミスをして怒られ、お前にラーメン屋は無理だから諦めろと言われ続け、与えられる仕事は洗い場のみ。
自分自身の無力さを痛感し、営業中に声を殺し泣きながら皿洗いをしていました。

それでも逃げ出さなかったのは、どれだけ疲れてても賄いで食べるそこの店の味が大好きだったし、その味の作り方を知りたかったし、毎日大行列を作る人気店で働けている事が誇りだったし、それを作り出した店主(赤鬼)を尊敬してたし、何よりそれしか道が無かったから。

2、3ヶ月が過ぎ、壮絶なシゴキを受けているのに何故か辞めない僕の事を店主(赤鬼)が少しずつ認めてくれるようになりました。

そうなると状況は変わり始め、皿洗いしかやらせてなかった僕に新しい仕事を与えてくれるようになりました。時には店主(赤鬼)直々にスープの作り方を指導してくれるようにもなり、仕事後には近くのドンキホーテに連れて行ってくれ好きなモノを買え!と買い物カゴを渡してくれたり、休みの日は一緒に食べ歩き行くぞ!と連れ回してくれたりと、信じられないくらいに可愛がってもらえるようになりました。

鬼ヶ島全体の雰囲気も変わり店全体が明るいムードに包まれ、仕事中でも店主含め兄弟子にも自然と笑顔が出るくらい雰囲気が良くなりました。
店主は次々と僕に新しい事を教えてくれるようになり、僕もそれに応えようと必死に食らい付きながら成長していました。

店主に可愛がられるようになった事で、充実した日々を過ごしていた5カ月目。
誰よりも僕を優先し、わかりやすく僕に愛を与えてくれていた店主を見て、面白く思わない人もいました。
その方は僕のせいで自分が相手にされなくなってしまい、さらには自分の仕事が無くなってしまったと、僕の存在が許せなくなり、僕を敵対視してくるようになりました。

店主が見ていない隙を狙って、僕の仕事を奪ってきたり、ミスをすると誰にも見えないように叩いてきては僕にしか聞こえないように耳元で嫌味を言ってきたりと、今まで耐えてきたキツさではなく、精神的に責めてくるやり方で追い詰めてきました。

店主はその事には気付かず、調子を崩し始めた僕を心配しながらも、変わらずに可愛がってくれていました。 僕もただただそれに応えたい一心。
それでも日々エスカレートしていくイジメ。 

負けたくないと耐え続けていましたが、ある日から心のバランスが崩れていくのがわかりました。
真っ暗な部屋の隅で膝を抱えて泣いたり、部屋中に買ったお弁当を投げつけ撒き散らしたりと、自分がコントロール出来なくなっていました。

もう店主に相談するしかないよ。
当時の彼女にそう促されながらも僕は迷っていた。鬼ヶ島という狭い世界で、この事実を打ち明けたら誰かは必ず居づらくなってしまう。
あの熱い店主の事だ、その犯人に激昂して大事になるのは免れないし、言う事を何よりも躊躇している理由は、僕の事をイジメてくる犯人が店主の奥さんなのだからだ。

本当に壊れてしまう前にどうにかしなければと、店主に話したい事があると伝え、2人きりになる。

目の前にした店主はずっと僕の憧れの人であり、どんな事を言われても受け入れ、本当の父親より、父親だと思っているくらい大きな存在。
『なんだよ、どうしたんだ?』と言われ僕は号泣してしまった。やっぱり言えない。
こんな事言えるワケないじゃんって思えば思うほど、涙が止まらない。 
それでも嗚咽をあげながら言った。

『300万払うので辞めさせてください』

僕は自分が居なくなる事を選んだ。
 
第四話 完

ラーメンラリー限定やってるよ!
明日も10:30オープン!!!