長谷川です。
本日の台湾での地震により
被害に遭われた方に哀悼の意を表します。
一刻も早い復旧を願います。
…台湾は日本のために尽力して頂いたことが多々あります。
2011年の東日本大震災後、
最も日本に義援金を送ったのは台湾で2億4300万ドル以上だったことをご存知でしょうか?
また毛布や衣服、食品などの生活必需品やボランティア事業も積極的に行っています。
そして昨年、12月
台湾の東日本大震災で被災した病院が、「台湾の義援金」によって再建したのです。
ライブドアニュースより
東日本大震災による津波で被災した、宮城県南三陸町の公立病院が
「南三陸病院・総合ケアセンター南三陸」として、4年9ヶ月ぶりに開業されました。
再建に向けて、これまでに多くの救援金が集められてきたそうです。
そのなかに、台湾からの温かい義援金が含まれていることを知っていますか?
この度、新しく開業した同病院の前身は、「公立志津川病院」。
あの日、津波による甚大な被害を受け、5階建ての建物の4階部分までが水に浸かりました。
入院患者ら72名が犠牲となり、行方不明者もいた、と当時の河北新聞は伝えています。
「日本赤十字社」によると、その後は南三陸地域住民のため、仮設診療所での医療活動を続けてきたようです。
新たな再建場所は、志津川湾を望む南三陸町の高台の上。子どもから高齢者まで受診できる総合病院として、
また、災害時には避難の拠点として、地域住民の健康と安全を守る施設に生まれ変わりました。
建設費用の約4割が台湾からの義援金だった
ところで、今回の再建にあたり、建築費用の約4割にあたる22億2,000万円が、
台湾からの義援金によってまかなわれていたことは、新聞やテレビであまり報じられていません。
「中央社フォーカス台湾」が伝えるところによれば、
中華民国紅十字会総会(台湾赤十字)から日本赤十字社に寄せられた救援金が使われていたようです。
震災直後より、支援のために台湾の人々から寄せられた寄付金が、南三陸町の総合病院再建に大きく貢献していたんですね。
上の写真は、「南三陸病院・総合ケアセンター南三陸」敷地内に建立された記念碑。
開業に先駆け行われた落成式の場で、台湾赤十字の王清峰氏は、「日台の友好が末永く続く象徴」とコメント。
中華民国国旗と南三陸町の町旗、両者をつなぐように「絆」が強く刻まれています。
Reference:日本赤十字社 , 中央社フォーカス台湾 , 台北駐日経済文化代表処
Licensed material used with permission by Taiwan Red Cross
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台湾が日本のために尽くしてくれ、約5年ぶりに復旧した病院。
これは台湾と日本の深い絆の象徴であり続けるでしょう。
台湾はアメリカよりも多くの義援金を日本に送ってくれたことを
忘れてはならないでしょう。
日本は台湾のために何ができるか…
今、考えるときだと思います。
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