真実の満州国 ~その国情~ | 日本と中国の真実に迫る!

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満州国とはどのような国だったのでしょうか?
歴史を紐解くためのその国情をご紹介します。


満州国(まんしゅうこく、旧字体: 滿洲國、英語: Manchukuo、拼音: Mǎnzhōu Guó)は、
1932年から1945年の間、満州(現在の中国東北部)に存在した国家である。

帝政移行後は「大満州帝国(大滿洲帝國)」あるいは「満州帝国」などと呼ばれていた。


日本(朝鮮、関東州)および中華民国、ソビエト連邦、モンゴル人民共和国、
蒙古聯合自治政府(後に蒙古自治邦政府と改称)と国境を接していた。





〇国旗


〇国章


〇国の標語: 五族協和の王道楽土


〇公用語:満語、モンゴル語、日本語、ロシア語

〇首都:新京(1932年3月1日 - 1945年8月9日)

〇皇帝:
愛新覚羅溥儀(1932年 - 1934年)
康徳帝(1934年 - 1945年)


〇人口:
1933年 33,697,920人
1937年 36,933,206人
1942年 44,242,000人


〇建国宣言:1932年3月1日


「執政」就任式典

〇満州国国都、新京

→おすすめの動画です。これを見ると当時の状況がよくわかります!


〇満州国国歌歌詞
満語(中国語)

天地內有了新滿洲
新滿洲便是新天地
頂天立地無苦無憂
造成我國家
只有親愛並無怨仇
人民三千萬人民三千萬
縱加十倍也得自由
重仁義尚禮讓
使我身修
家已齊國已治
此外何求
近之則與世界同化
遠之則與天地同流

大意

天地の中に新満洲あり
新満洲は即ち新天地である
天を戴き地に立ちて、苦しみも憂いも無い
ここに我が国家を立つ
ただ親愛の心があるのみで、怨みは少しも無い
人民は三千万あり 人民は三千万あり
もし十倍に増えても、自由を得るだろう
仁義を重んじ、礼儀を貴びて
我が身を修養しよう
家庭はすでに整い、国家もすでに治まった
他に何を求めることがあろうか
近くにあっては、世界と同化し
遠くにあっては、天地と同流しよう



〇満洲国は…
公式には五族協和の王道楽土を理念とし、
アメリカ合衆国をモデルとして建設され、
アジアでの多民族共生の実験国家であるとされました。
共和制国家であるアメリカ合衆国をモデルとしていたものの、
皇帝を国家元首とする立憲君主制国家です。

五族協和とは、満蒙漢日朝の五民族が協力し、
平和な国造りを行うこと、王道楽土とは、西洋の「覇道」に対し、
アジアの理想的な政治体制を「王道」とし、
満洲国皇帝を中心に理想国家を建設することを意味しています。


〇国交を結んでいた国…当時の独立国は60カ国程度でした。
第二次世界大戦開戦前の1939年当時において、ドイツやイタリアが承認、
フィンランドをはじめとする枢軸国、タイ王国などの日本の同盟国、
クロアチアなどの枢軸国の友好国、スペインやデンマークなどの中立国など、
合計20か国が満洲国を承認した。ソ連も領事館は置いていた。



※(枢)のついている国は第二次世界大戦時の枢軸国(その後離脱した国を含む)(連)のついている国は連合国。※ポーランドについては1938年10月19日交換公文により相互に最恵国待遇を承認し、満洲国からは事実上の国家承認とみなされていた。


〇世界最高水準の特急列車「あじあ号」。



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