例えば、誰かがあなたに何かを語り、それに返事をする場合を考えてみてください。
あなたはその話題に対して自分が言おうとする事柄よりも、むしろ相手の意見や感情さらにはその偏見に対してさえも、より以上の敬意を払わなければなりません。
ここに、修行者が細心の注意を払って努力すべき繊細な配慮が暗示されています。
「修行者は、他人の意見に対して自分の別の意見を出してみせるとき、それが当の相手にとってどんな意味があるか見通すことができなければならない」
とはいえ自分の意見を差し控えろというのではなく、可能な限り正確に他人の言うことを理解し、そこから得た情報から自分の返事をまとめます。
そのときに次のような想念が自分の性質の一部になっていて、その都度想起されるなら、あなたは正しい道にいます。
「私が他人と異なる意見を持っているかどうかはどちらでもよい。大切なのは、私の方から何をつけ加えたら、その人が自分で正しい事柄を見出せるようになれるか、ということだ」
このような想念・思考を通して、修行者の性格と行為は、修行の主要手段の一つである「温和さ」を獲得します。
厳格であることは、霊眼を目覚めさせるべき魂的構成体を修行者の周囲から追い払ってしまいます。
温和であることは、修行者のために障害を取り除き、その器官を外へ向かって開かせます。
そしてもう一つの特徴をやがて魂の中に作り出してくれるでしょう。
それは、
自分の魂からの語りかけをすっかり沈黙させ、周囲の魂の営むあらゆる種類の微妙な動きだけに静かな注意を向ける態度です。
この能力を自分のものにすることができた人は、周囲の魂の営みからの影響を受けながら、ちょうど植物が太陽の下に成長していくように魂を成長させ、分化発展させます。
真の忍耐の中での温和と寡黙とは、魂のために魂界を、霊のために霊界を開示してくれます。
この教えは決して困難ではなく、ただ忍耐と持続力を持たない人にとってのみ、それは困難に思えてきます。
自分で勝手に道に持ち込むもの、本当に避けるつもりなら誰にでも避けられるもの、それが修行における障害であり、それ以外の障害は存在しません。
(116-119p)
温和さの獲得→修行の障害を取り除く
→自分の魂を沈黙させ、空の容器になる→周囲の魂の動きに注意を向ける→魂界開示
(116-119p)
温和さの獲得→修行の障害を取り除く
→自分の魂を沈黙させ、空の容器になる→周囲の魂の動きに注意を向ける→魂界開示