人智学協会
 ドイツでシュタイナーが1912年に発足。1922年に刷新し「一般人智学協会」として改めて発足。

バイオダイナミック農法による有機農業:
 シュタイナーが人智学に基づいて提唱した農法。化学肥料や農薬を使わない。ビオディナミとも。

自由ヴァルドルフ学校
 ドイツにおいてシュタイナー教育を実践している学校
 (本文中は「ヴァンドルフ学校」の表記でしたが「ヴァルドルフ」が正しいので修正して引用しました。)



シュタイナーの理論や思想が現代に引き継がれている代表的なものと言えば、バイオダイナミック農法とシュタイナー教育の二つでしょう。ボイスがそれらに関してその問題点や功績について語っています。




”シュタイナーの人智学協会のはなしに戻りますが、隠してはいけないこと、絶対に言っておかなければならないことがあります。

確かに人智学協会の状況は先程言ったように若干判然としない部分があります。人智学協会のうちのいくつかはシュタイナーの実際の勧告に従って活動しており、十分に認めるべきものがあります。

しかも、シュタイナーの思想とかその後受け継がれてきた少し妖し気な雰囲気の教室とかいったものを背景にした精神的なもの、そういったものを抜きにして、実際のシュタイナーの言うとおりの活動によって成果を上げているグループや動きがたくさんあることは認めざるを得ないと思います。

つまり、シュタイナーの実際の、こうしなさいという具体的な例によって、今の社会の中で非常に素晴らしいお手本になるようなことをしている動きがあります。(これは小さな島のような存在といっていいと思いますが)そういう動きがあります。



例えばそれは新しい有機農業を実際にやっている人々です。

すでにドイツでもたくさんの農民の集まりがあり、シュタイナーの勧告どおりに種を蒔いたり、肥料をやったりして素晴らしい成果を上げています。これは、シュタイナーの思想と直接関係はなく、全く純粋に実践的で具体的なことにおいてシュタイナーに従っているわけです。


彼等は、非常に健康的ないわゆる無農薬、有機的食料品をたくさんマーケットに出しています。ドイツには無農薬野菜の店がたくさんありますが、その店の商品をみんなつくっています。その成果も実際素晴らしく、彼等は植物や動物が持って生きている実際の法則、農地の状況、季節の移り変わりのリズム、そういったものを非常に良く理解して製品を作っています。

ただ、ここにも限界があることは確かです。

ボイス手


こうした彼等の、シュタイナーの教えに従った実際的な無農薬野菜の活動は、社会全体あるいは全社会的連関からはやはり、離され孤立した小さな存在にしかすぎません。無農薬でできた非常に素晴らしい大きなジャガイモやキャベツがでてきますけれども、そのジャガイモやキャベツの上には何も新しいメッセージは書いてありません。

しかも、そうしたものを買う人たちは、非常なエゴイストで、農薬の害から逃れて自分だけ助かろうとする人々であります。

何故かといいますと、そういった有機農作物は相当値段が高いからです。


作り方が非常に複雑で、品質がいいだけに単位面積あたりの生産高は普通のやり方の農作物に比べると低くなり、どうしても値段が高くなるのは現在の社会ではやむを得ないわけです。


そうしますと、それだけのお金を持っている人々だけがそういった野菜を買って、自分だけが農薬の被害にあわないように予防しようとしているのが現状です。



しかしそうはいっても、そこにはシュタイナーの考えた理念の若干の残りが潜んでいると思います。

ボイス4


また、シュタイナーは全ての問題を全社会的な連関の中で考えたわけですが、そのなごりがもうひとつあるのは、先程もいいました「自由ヴァルドルフ学校」です。


※日本で言うシュタイナー学校のこと

しかしこの「自由ヴァルドルフ学校」も自由といっていますが、実は自由な学校ではありません。

そこはプライヴェートな私立の学校です。が、国家が教育を握っている現在の枠の中では私立の学校というだけでは、自由といえません。それは資本主義のある側面でしかありません。

つまり片一方では私立大学や私立の学校があり、もう一方に国立の学校がある、どちらかを選択するという現状では、それに従っているという点で自由ではないわけです。



アメリカでは、多くの大企業がそれぞれのプライヴェートな財団によって大学を営んでいます。
自由と至福の教育を行っているヴァンドルフ学校とてもプライヴェートな学校の存在というのは、最終的にはその学校を経済的に担うことのできる経済界の力に依拠しているわけです。ですから自由とはまったく名ばかりであることは間違いありません。教育は本当は自由でなければならないのにプライヴェートになってしまっています。


にもかかわらずこのシュタイナーの「ヴァルドルフ学校」の中では、シュタイナーの教育の理念が今なお説かれ、実際に使われています。

そしてそこには非常に断片的ではありますが、シュタイナーの重要な遺産があることには間違いありません。私たちもありがたいことに、シュタイナーの理念についてそこで勉強して学ぶことができるわけです。



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それから先程の無農薬野菜と「ヴァルドルフ学校」の他にシュタイナーのいったことを実際に行っている三つめのものがあります。

それは医学の分野で行われています。シュタイナーの言葉通りに薬や薬草を作っているたくさんの組織があります。


それからあと一つは、教育の分野です。非常に教育の難しい子供たち、あるいはほとんど教育し難い子供達を収容する施設がシュタイナーの思想に基づいていくつも営まれています。

そこで働く人は非常な自己犠牲的な精神をもって、そうした子供達をなんとか教育するという極めて優れた仕事をしています。こういった問題を見ないで人智学協会を批判するわけにはいきませんし、不公平な判断や印象を与えたくありませんので、こういったことは強く強調しておきたいと思います。非常に英雄的な仕事がこういった収容施設では営まれています。しかし社会全体から見ると、目に見えないぐらい小さな動きであることもまた間違いありません。


それから先程少し触れましたが、人智学的な薬草づくり、いわゆるホメロパティーですが、これはシュタイナーよりもハネマンの方が先にやっています。そうした動きもあります。薬草を作っている生産の現場では何百人もの人々が実際に働いてくれています。


ヴェレダジュリークDr.ハウシュカなど

ホメオパシーのこと



これは今の物質主義的な医学、技術主義的な医学に対して病気というものの、非常にスピリチュアルな状況を理解し、癒していこうとする運動であり、この動きも非常に褒めたたえるべき重要なものだと思います。


しかし、どの活動も、先程いいました全社会的な関係からみると非常に取るに足らない小さな動きであります。彼らはシュタイナーの与えた様々な刺激にただ従っているだけで、違った状況の下で自分達の力によってさらに深めていく、先に進めていく、越えていこうということを、していないわけです。

そのことを彼等は以前から気が付いてはいます。


ボイス後ろ姿


なんとか新しいもの、シュタイナーをさらに越えていくものを出そうとはしているのですが、まだうまくいきません。その理由は非常に簡単で、全社会的(ルビ:マクロ)な次元に関しての活動がまったく欠けているからです。ただ個々(ルビ:ミクロ)の自分達の小さなサークルの中では、本当に褒めたたえるべき活動をしているのは間違いないのでそのことだけは言っておきたいと思います。


従ってまとめますと、人智学協会という組織についてどこか問題的な妖し気な組織であるという部分と、シュタイナーの遺産が残っていて実際に活動をし、その活動が拡大されていっている部分との両方を公平に見なければいけないと思います。私としてはこうした実際に残っている具体的な活動をさらに全社会的な労働によって拡大していきたいと思います。”

(「ドキュメント・ヨーゼフ・ボイス」発行:西武美術館 1984年6月4日 プレス・インタビューより P214-217




ボイスはシュタイナーの思想を元に芸術作品を作っているにも関わらず(作っていたから?)、人智学協会からは激しい批判を浴びたそうです。

批判された相手を批判し返すのは簡単ですが(実際インタビューの前半でボイスは攻撃的に人智学協会を批判しています)、このように良いところもちゃんと紹介して礼賛するのはさすがですね。

まだこの時代、日本ではシュタイナーは今ほどポピュラーではなかったと思うのですが、それでもこうやってボイスが詳しく話してくれたおかげで、今のシュタイナーの認知があるのだと思います。



それにしても、この無農薬野菜=高い=お金持ちしか食べれないという矛盾の指摘はすごいですね…。また、「自分だけ助かろうとするエゴイスト」とかすごいこと言っちゃってます。まあ確かにそう言われればそうなのですが…。

エゴイスト問題についてはわたしも一言言いたいのですが、それは置いといて。


この場合のボイスの非難は、事実を指摘しているという点で的を得てはいますが、この無農薬野菜というビジネスは始まったばかりということを考慮に入れてほしかったです。

まだ過渡期であり、初期の段階です。

だから高価にもなってしまうし、初めはお金持ちしか口にできないかもしれません。でも彼らが買ってくれるおかげで、そのお金で新たな技術が開発できるかもしれません。そうしたら、将来的には安価に大量生産ができるようになるかもしれない。

計算機だって、初めは100万円とかしたって言うじゃないですか。何事も初めは矛盾があったり軋轢があったりする。

もちろんボイスもそういうことはわかってて、なお現実にある問題点、矛盾点として指摘したのでしょうね。