キャンディキャンディ長編二次小説(バラの薫る季節に) -11ページ目

キャンディキャンディ長編二次小説(バラの薫る季節に)

アンソニーメインの二次創作・ファンフィクション「バラの薫る季節に」を掲載しております。

レイン先生がアリスをおろすと、彼女は年長の子供たちと一緒に、元気よく野道を駆け出していく。
段々に小さくなり、やがて豆粒のようになったアンソニーの後ろ姿を目で追い、ポニー先生がぽつりと言う。

「あの方もやっぱりキャンディを愛していたんですね」

レイン先生が「ええ」と答える。

「婚約者のテリュース――彼がここへ初めて来たのは冬の寒い日。しんしんと雪が降り積もってましたね。でも今日は夏。太陽の恵みを受けて、丘が眩しく輝く季節。なんだか対照的ですね」
「まるで二人の性格を表してるようですわ」
「どんなふうに?」と、ポニー先生。

「お日様のようなアンソニーと極寒に耐える我慢強いテリュース――そんな感じでしょうか」

ポニー先生は静かにうなずく。

「私たちには多くを語らないけれど、いろいろあったんでしょうね、キャンディ」
「一時はてっきりアードレー氏と一緒になるものとばかり思ってました」

驚いたようにレイン先生が賛同する。

「実を言うと私も」
「深く信頼し合ってるようでしたからね」
「単なる養父と養女には見えませんでしたわ」
「あなたもですか?そのうち法的な親子関係を解消する日が来るんじゃないかなんて、勝手に想像したこともあったんですよ。今だから言いますけど。でもアードレー家の大総長と孤児院出身の娘では、越えなければいけない幾つものハードルがあるんでしょうねぇ」

そう言ってポニー先生が遠い目をすると、レイン先生もその視線に寄り添った。

「誰と結ばれるにせよ、幸せになってほしいですね。私たちのベビーちゃんには」
「本当に」

二人は顔を見合わせ、にっこり微笑んだ。



照りつける陽の光を背に負い、まるで追い立てられるように丘を登りつめ、思ったよりずっと早くアンソニーは頂に立った。
先生たちが教えてくれた「お父さんの木」が威厳を持ってそこに立っている。
息を弾ませてその木に身を寄せ、たくましい枝に手を触れる。
そして静かに目を閉じた。

晩夏の風が爽やかに吹き渡り、上気した頬をサワサワと撫でていく。
とても心地いい。

閉じた瞳の奥深くに、一人の少女の面影が浮かび上がる。
この大木の頂上目指して軽々と上っていくお転婆な少女――それは幼い日のキャンディ。
目を開けたら、はちきれんばかりの笑顔が飛び出してきそうな気がする。
そんなことはあり得ないのに。

アンソニーは固く目を閉じたまま、ふっと笑った。
今でもこんなにキャンディのことを考えてしまう自分がおかしくなって。

木に触れたまま、大きく息を吸い込む。
辺りに漂う香りを楽しむ。
一面に群生するシロツメクサやキンポウゲのやわらかな香り。
ポニーの丘の香り。
すべてがいとおしくて、しばらくは目を開けることが出来なかった。
開けた瞬間、現実に引き戻されてしまうのが怖かったから。
もう少しの間、まぶたの裏側で夢の中のキャンディと戯れていたかった。

風の音に混じって自分の声が聞こえてきた。
まだ少年だった、今よりは少し高い声の自分。
あれはきっと、きつね狩りの日だったろう。
奥深い緑の森で、キャンディと二人だけになったとき彼女に言った。

「今度行こうか、二人で。君の育った場所を見たい」

それがポニーの丘。
今まさに立っているこの場所。
キャンディは喜び勇んで、今にも馬から落ちそうな勢いだった。

「ホント?ああ、アンソニーもきっとポニー先生とレイン先生を気に入るわ。約束よ!きっと行くわよね」

嬉しそうな顔を見て、胸がいっぱいになった。
そして思いの丈(たけ)をこめて、こう答えたのをはっきり覚えている。

「約束するよキャンディ。君と一緒にポニーの丘を駆け登ろう」


なんの迷いもなくそう言えた。
彼女の故郷を訪れ、育ててくれた先生たちに会って挨拶して、そして来たるべきときが来たら二人で手を取りあって歩いていくんだろう――それをとても自然ななりゆきとして頭に描くことが出来た。
やっと大人の入口に立ったばかりだったというのに。

だが、直後の落馬事故がすべてを無にしてしまった。
なす術もないまま時だけが流れ、自分を取り巻く環境は一変した。
そして二人は別々の道を歩むようになった。
だから今、ここに一人で立っている。
本当は二人で来るはずだった約束の丘に、たった一人で立っている。



日が陰ったのか、さっきよりは涼しい風がブロンドの髪を揺らす。
ほんの少し目を開け、間もなく落ちようとしている夏の陽を西の空に認めると、再び目を閉じた。
13歳のキャンディと16歳になったばかりの自分が、手に手をたずさえて丘を登っていく姿が脳裏に浮かぶ。
きつね狩りはなかったのか、あったとしても落馬しなかったのか――いずれにせよ、引き裂かれることなく寄り添っているキャンディと自分が、そこにはいた。

明るい陽の光。
固く握り合う手と手。
他愛ないおしゃべり。
こだまする笑い声。
そっとかわす初めての口づけ。

そのどれもが、叶わなかった夢のかけらたち。
アンソニーは息苦しくなり、ため息を一つついた。



キャンディ、約束どおり僕は来たよ、君の育ったこの丘に。
ここには小さい頃からの思い出がぎっしり詰まってるんだね。
こうやって目を閉じてると見える気がするよ。
元気いっぱい走り回る姿。
器用に木を上っていく姿。
先生に叱られて照れてる顔。
一つ一つが全部キャンディのあかしなんだ。
一緒に立つことは叶わなかったけど、来て本当に良かったよ。
幼い日の君と繋がることが出来た気がするから。
それにポニー先生とレイン先生に会えた。
君が言ってたとおり、世界一素敵なママたちだ。
大好きになったよ。



――ああ、アンソニーもきっとポニー先生とレイン先生を気に入るわ――


キャンディが言ったのを思い出し、くすっと笑った。


(そういえば、ここは君と王子様の思い出の場所でもあったんだっけ)



忘れかけていた「キャンディのもう一つの大切な出来事」を思い出した途端、胸がチクンと痛んだ。
朝露に濡れるスイートキャンディに囲まれたバラ園で、キャンディは目を輝かせて王子様の話をした。

「私、あなたに初めて会ったとき、ホントに驚いたの。王子様かと思った・・・。そっくりなんだもの。私が六つのときだったの。ポニーの丘で王子様に会って。スコットランドの民族衣装を着て、バグパイプを持って」

本当に嬉しそうだった。
頬を上気させ、とても大切そうに王子様のバッジを握りしめていた彼女。
すぐそばに大好きな人がいることすら忘れ、心は王子様でいっぱいになっていたのだろう。
そんな姿を目の当たりにし、アンソニーの嫉妬心に火がついた。

「まだその王子様のことを忘れないのかい?ひょっとして君は、僕がその王子様に似てるから・・・」

キャンディに背を向け、責めるような顔をしながら、暗く沈んだ声でボソッと呟いた途端、彼女は泣きそうな顔で狂ったように否定した。

「違うわ!王子様が誰だって、私、もうどうでもいいの。私、アンソニーはアンソニーだから・・・好きなの」

顔から火が出そうなほど真っ赤になり、答えも聞かないまま急に走り出して行ってしまったキャンディ。


――僕もだよ。僕も君が大好きなんだ!――



本当はそう叫びたい気持ちでいっぱいだった。
でも照れくさくて出来なかった。
出来たことと言えば、キャンディの告白を噛みしめ、一人ひっそり悦に入ることだけ。

(だらしない奴だな、アンソニー!キャンディのほうがよっぽど勇気があるじゃないか。女の子に告白させて自分は黙ってるなんて)

今更ながら、臆病だった自分を非難してみる。
あのとき、はっきり「好きだ」と告げていたら良かったのに。男らしく正面切って。
そうしたら、丘の上の王子様に勝つことが出来た気がする。
少年の日の叔父、アルバートに。



思い出に蓋をし、現実の世界を見つめる。
目の前にはポニーの丘。
緑色の夏草とシロツメクサとキンポウゲが咲き乱れるこの楽園に、幼いキャンディと自分にそっくりなアルバートが向き合って、楽しそうにおしゃべりしている姿が浮かび上がる。
一体何を話したのだろう。
彼が放った言葉の一つ一つがキャンディの中に根を下ろし、忘れえぬ記憶となっていく。
それはずっと消えることなく、淡い想いを芽生えさせて心の中に住み着いた。
あとから現れた「王子様にそっくりな自分」の存在を打ちのめすかのように。

どんなに頑張ったところで、「あの日のポニーの丘」には戻れない。
時間を戻して自分が先にキャンディに会うことは出来ないのだ。
それだけはアルバートに叶わない。絶対に。
いつまでたっても自分は「王子様にそっくりな少年」でしかないのだ。
その事実を思い知らされた途端、急に息苦しくなった。

(あのとき君は否定したけど、僕を好きになったのは、やっぱり王子様に似てたからじゃないのかい?もしポニーの丘での思い出がなくて、まっさらな状態でステアとアーチーと僕の三人に出会ったら、それでも君は僕を選んでくれただろうか・・・)

直後、笑いが込み上げてきた。

(それで?だからどうだっていうんだ。お前はこれからフェリシアと婚約するんじゃないか。もうすべて終わりなんだ。キャンディへの想いも、青春の日々も、輝いて見えた未来も。僕の前にあるのは厳しい現実だけ。それが辛くて険しくても、色のないモノクロの世界でも、とにかく生きていくしかないんだ)



そのときだ、背後に人の気配を感じたのは。

(まさか・・・?)


今考えていたばかりだから天に思いが通じたのだろうか。
会いたくてたまらない人物がここへやってきたのかと思うと、胸が張り裂けそうになる。
もし本当に「彼女」だったら、今度という今度こそ抱きしめてしまうに違いない。
これ以上自分を抑えることは出来ないだろうと思いながら、ゆっくり振り返る。

そこに立っていたのはスリムだった。
ついさっきポニーの家で、子供たちの輪の中にうまく溶け込むことが出来ず、物欲しげな目をしてじっとこちらを見つめていた男の子。
痩せてヒョロヒョロした黒人と白人のハーフ。
何かを訴えかけるような寂しげな灰色の瞳が、アンソニーの心を揺さぶった。

「さっきも僕を見てたよね?」

そう言ってスリムのほうへ歩いていく。
少年は敏感に反応し、後ずさりする。

「待って!逃げないで。君と仲良くしたいんだ。スリムっていうんだろ?先生たちから聞いたよ。僕はアンソニー。よろしくな」

大きな手を差し出しながら、少年との距離を縮めていく。
愛想のいい優しげな若者に警戒心を解いたのか、スリムはもう逃げなかった。

右手に何か持っていたのをわざわざ持ち替え、アンソニーの右手に自分の右手を添えて固い握手を交わす。
スリムが左手に持ち替えたものに興味を持ち、「それ何?」と指を差した。

「スケッチブック」

ためらいがちな声が返ってくる。

「絵を描いてるのかい?」
「うん」
「なんの絵?」

答える代わりに、左手のそれをアンソニーの目の前に広げて見せる。

「どれどれ」

他愛ない子供のお絵かきを想像していたのに、見た途端、「あ・・・」という驚きの声が漏れた。
それはポニーの家の全景だった。

赤い屋根の教会、子供たちが暮らす新築した別棟、周囲に群生するブラックアイズ・スーザンやルピナスの花々。
まるで写真に撮ったように、正確に写実されている。
あまりの素晴らしさにアンソニーは息を呑んだ。

「すごいね!これ、君が描いたの?」

灰色の瞳がキラキラ輝き、スリムは嬉しそうに、そして誇らしげにコクリとうなずいた。

「まるでプロの絵描きだ。僕の親友も絵がすごく上手いんだけど、君は少しも引けを取らないよ。驚いたな、その歳で」

独り言のように呟き、夢中で絵に見入る。
これならブライアンの絵といい勝負だと、本気で思いながら。

「お兄ちゃん、キャンディを知ってる?」

か細い声が響き、ハッと我に返る。
キャンディの名が、思ってもみない気弱な少年から飛び出したから驚いて顔を上げる。

「どうして僕に聞くの?」

答えはなかった。
代わりに、まるで懐かしいものを見るような眼差しで、少年はサファイアの瞳をまっすぐ見つめてくる。
その瞬間アンソニーは悟った。
この少年には見えているのかもしれない。見えない糸で繋がっている、キャンディと自分の絆が。
幼くしてこんなに見事な絵を描ける才能の持ち主だからこそ、人の心のひだまで見透かす鋭い眼力を持っているに違いない。
少年の中に不思議な力を見出し、灰色の瞳から目を逸らすことが出来なくなった。

「キャンディならよく知ってるよ。昔、一緒に暮らしたこともあるんだ。レイクウッドっていうところにある、大きな屋敷でね」
「ホントに?」

スリムは目を輝かせた。
きっとそれは今日見た彼の表情の中で一番生き生きしたものだろう。

「キャンディのこと、好きかい?」

少年は夢中でうなずく。

「僕もさ。大好きだ。同じだね、僕ら二人は。きっと仲良しになれるよ」

にっこり微笑むと膝を折ってスリムと同じ目線までかがみ、茶色いくせ毛をそっと撫でる。

「素晴らしい絵を見せてくれてありがとう。君の宝物だ、大切にするんだよ。これをキャンディに見せたら感激するだろうなあ」

改めてスケッチブックに視線を落とし、アンソニーは目を細めた。

「いつかね、油絵を描きたいんだ。ここから見えるポニーの家を。ちゃんとした絵筆で大きなキャンバスに。それをキャンディにプレゼントするのが僕の夢」

無口ではにかみ屋のスリムが一挙にしゃべったので、アンソニーは面食らう。

(ここにも一人、小さなファンがいるのか。誰にでも愛されるんだ、君は。全く罪作りな女だよ)

そんなふうに思ったら急に可笑しくなり、ふふっと笑った。



麓(ふもと)のほうから馬のひづめが聞こえてくる。
誰かが馬に乗ってこちらに向かってくる姿を認めた。
初めは遙か彼方にぼんやりと。そして段々はっきりしてくる。
馬上の人物はテンガロンハットをかぶったカウボーイらしい。
目の前まで迫ったとき、それが14、5歳の少年であることがはっきりした。
ダークブラウンの髪に同じ色の瞳の彼は、メイベルやティモシーと同じような年回りに見えるから、余計に親しみが湧いた。

少年は手綱を引き、馬を止める。
「こんにちは、アルバートさん」と言って微笑むと、馬に乗ったまま今度はスリムに話しかける。

「もう日が落ちるぞ。帰らなきゃダメじゃないか。先生たちに心配かけちゃいけないって、この前も言ったろ?」

どうやらスリムの兄貴分らしい。
「アルバートさん」と呼ばれ、また人違いされたことが可笑しくなる。

スリムがどんな反応を見せるだろうと様子をうかがうと、「ごめん、ジミィお兄ちゃん」と呟き、それきり黙り込んでしまう。
いつもの人見知りに戻ってしまっている。
さっきまでの生き生きした表情はどこに消えたのだろう――アンソニーはひどく残念だった。



気づくとジミィは馬を降り、愛想のいい笑みを浮かべながら近づいてくる。

「久しぶりですね。最後に会ったのはいつだろう。アルバートさんが来てくれないと、なんだか寂しいですよ。仕事、そんなに忙しいんですか?」

気さくに話しかけてくる彼になんと返答したものか、アンソニーはまごついた。
そんな様子に気づいたのか、ジミィは不思議そうに小首をかしげる。

「アルバートさん・・・ですよね?」

確認するようにサファイアの瞳を覗き込む。
観念したアンソニーはばつの悪そうな顔で切り出した。

「ごめん、違うんだ。僕はアルバートさんじゃない」

聞いた途端、「え?」という表情になるジミィ。

「似てるだろう?さっきもレイン先生に間違えられたよ。アルバートさんは僕の母の弟。つまり僕から見れば叔父ってことになる」
「へえ~」

ジミィは目を丸くして穴のあくほどアンソニーを見つめる。

「びっくりしたなあ。道理で似てるわけだ。いや、似すぎてますよ。でも言われてみれば若いですね、アルバートさんより」
「八歳違うからね」

納得したのか、カウボーイは深くうなずいた。

「初めまして。俺、ジミィっていいます。この近くにあるカートライト牧場で牧童頭をしてます」

少年は右手を差し出して握手を求めてきた。

「アンソニー・ブラウンだ。ボストンの大学病院で研修医をしてる。よろしくな」

気さくに応えてくれた若者が医者だと知り、これまた驚くジミィ。

「すごいな~。若くてカッコよくて、その上お医者さんだなんて!」

尊敬の眼差しを向けられ、妙に照れ臭くなる。

「大したもんじゃないよ。まだほんの駆け出しなんだ」
「それでも医者は医者ですよ。この近くにも診療所が出来てマーチン先生っていうお医者さんがいるけど、爺さんだからなあ」

歯をむき出して苦笑いする少年。

「へえ~、診療所があるの?じゃあ病人が出ても安心だね」

かなりの田舎なので、恐らくは無医村なのだろうと思っていた。
だから医者がいると聞いてアンソニーは意外だった。

「アルバートさんのおかげなんですよ。あの人が診療所を建ててくれたんです。マーチン先生はアルバートさんが記憶を失くしてた頃に診てくれたお医者さんだそうで」
「その縁で、ここに来ることになったの?」
「だと思います。で、シカゴでマーチン先生を手伝ってた看護婦がキャンディ親分で」

瞬間、体が敏感に反応してビクッとなった。
彼の口からも飛び出した「キャンディ」の名前。
平静を装うのだが、どうにも気になって仕方ない。
そもそも「親分」とはなんだろう。
何が親分なのか?
知らんぷりしようかと思ったが、好奇心を抑え込むのは到底無理だった。

「親分って?キャンディはそう呼ばれてたのかい?」

目の前のハンサムな若者が、どうやらキャンディの知り合いらしいとわかると、ジミィは意気揚々と話してくれた。

「俺があだ名をつけたんです。だっていかにも『親分』って感じだったから。初めて会ったとき、キャンディはすごいお転婆で何もかも俺より上手(うわて)だった。木登りもかけっこも投げ縄も」

いかにもキャンディらしい。なんだか目に浮かぶようだ。

「もっとも今じゃあ、俺のほうが勝ってますけどね。何をやっても」

自慢げに鼻を鳴らす少年に、アンソニーはくすっと笑う。

「そりゃそうさ。君の背丈はキャンディよりずっと高くなってるからね。力だって」
「じゃあ、あの・・・最近親分に会ったことあるんですか?」

ジミィは懐かしそうな顔で身を乗り出した。

「勿論!昨日会ったばかりだよ。彼女はとても元気だから安心して」

ウィンクしながら親指を立てて見せると、ジミィはホッとしたような顔つきになった。

「正直言って、俺、テリィ兄貴より、アルバートさんかあなたが親分と結婚すればいいのにって思っちゃうな」

予想もしないことを急に言われたから、アンソニーは目を白黒させる。

「どうして?」
「理由はないんです。ただなんとなく。勿論兄貴はすごいハンサムで女にモテそうだから、キャンディが惚れちゃうの、よく分かるんだけど。男の俺から見てもかっこいいもん。だけどなあ・・・」

考え込むように下を向くと、ジミィはふーっと一つため息をついた。

「でもこの頃は好きになりましたよ、兄貴のこと。意外にいい人なんだって思えるようになったから」
「じゃあ、良かったじゃないか」

にっこりするアンソニーを見上げ、ジミィは照れ臭そうに鼻の頭をこすった。

「第一印象が悪かったんです。とんでもなくキザなヤツに見えたから」

途端、アンソニーはあははと大きな声で笑い出した。

「分かる分かる!君が言いたいこと。そうなんだよ、見た目があのとおりだから誤解されやすいんだよね、あいつ」
「知ってるんですか?テリィ兄貴のこと」

思いもよらないつながりに驚き、ジミィは目を丸くする。

「知ってるよ」

そう一言だけ答え、細かい話は胸の奥にそっとしまい込んだ。
キャンディを巡って彼とは随分長い間反目し合った――そんな話をして、この少年の心を惑わせたくなかったから。
せっかくテリィの良さを見出したのだ。「いい兄貴」として、これから先もずっとテリィを慕ってほしかった。そうすればキャンディも喜ぶだろう。

「君の目に狂いはないよ。意外といいヤツなんだ、テリィは。外見に似合わず真面目で義理堅いしね。なつけば可愛がってくれるさ」

ウィンクしたらジミィも微笑んだ。

「最近は仲良しですよ。まあ、キャンディ親分を取られたのはちょっと癪(しゃく)だけど」

その言葉にドキッとする。

(なんだ、ジミィの心まで虜にしちゃったのか。全く君って子は・・・。周りの男たちを一人残らずなびかせなきゃ気が済まないのかい?ホントに腹立たしいよ。でも憎めないからタチが悪い)

なんだか可笑しくなってきた。

「君はキャンディが好きだったの?」

直球をぶつけてみる。
少し顔が赤くなったと思ったら、一呼吸置いて照れ臭そうな声が返ってきた。

「好きっていうんじゃないと思うけど。憧れ・・・かな?親分は俺より六つも年上だし。もうちょっと早く生まれてたら本気になってたかも」
「じゃあテリィは命拾いしたってことだな。強力なライバルが現れなくて」
「あはは・・・そうでしょうか」
「当然さ!」

会心の笑みを見せてウィンクするアンソニー。
ジミィは豪快に笑いながらも、胸の内でひっそり思った。

(強力なライバルはあなたでしょ?言われなくたって分かりますよ。あとアルバートさんも・・・かな?)



遠くのほうで女の人の声がする。
丘のふもとを見下ろすと、レイン先生らしい人がいるのが見える。
遙か下に見えるポニーの家は玄関のドアが開いており、先生はあちこちを見まわしてせわしなく動き回っている。
誰かを探しているようだ。

「あ!レイン先生だ。もしかしてお前を探してるんじゃないか?」

ジミィはそう言いながらスリムのほうを見た。
相変わらずオドオドした目つきで困ったように立ち尽くすスリム。
気がつけば、太陽はすっかり西へ傾き、長い夏の日が暮れかけているのを漸く知る。
もう夕飯時なのだろう。

「先生たちに心配かけちゃいけないよ。早く戻ったほうがいい」

アンソニーもスリムを気遣い、丘を降りるように促す。

「ほら、来いよ。馬に乗せてやるから」

ジミィはニカッと笑い、手招きする。
「ありがとう」と言ってスリムは歩き出した。
だが立ち止まり、アンソニーを振り返る。

「お兄ちゃん、また来る?」

これには困った。
なんと答えたらいいのだろう。
キャンディとの将来が望めなくなった今、再びここを訪れるチャンスなど巡ってくるのだろうか。
あり得ない話だ。
だがはっきり「もう来れない」とも言えず、苦しげに笑顔を作るしかなかった。

「うん、きっと来るよ。そしたらまた素敵な絵を見せてほしいな」

そう聞いた途端、スリムの顔がパッと輝いた。

「じゃあポニーの家の油絵を完成させとく。見てくれるよね?約束だよ」
「勿論さ!男と男の約束だ」

アンソニーは辛うじて笑って見せたが、胸の奥には大きなしこりが残る。
果たせそうにない約束などして、この少年を傷つけることになりはしないか――ひたすらそれが心配だった。

「じゃあ俺、スリムを送り届けてきます。ちょっと待っててくれれば戻ってきますから。駅まで乗せていきますよ。この馬で良ければ」

快く申し出てくれたジミィに感謝しながらも、「いや、大丈夫だよ。君も仕事があるだろう?早く牧場に戻ったほうがいい」とやんわり辞退する。

「ホントにいいんですか?」
「ああ。風に吹かれながら歩いていくのもいいもんさ」

アンソニーが笑うとジミィも笑った。

「また会いたいなあ。きっと来てくださいよ。俺からもお願いします」
「ありがとう。そう言ってもらえて嬉しいよ」

アンソニーの声を背中で聞きながら、ジミィはスリムを押し上げて馬に乗せ、自分も鞍(くら)にまたがる。

「じゃあこれで!」

鞭をくれるとポニーの家に向かって疾走を始めた。
その姿が徐々に小さくなっていき、ポニーの家の前で止まった。

自分が馬から降りたあと、ジミィがスリムを抱えて下に降ろしてやる様子が、遙か下方に小さく見える。
やがてスリムはドアを開け、先生や仲間たちが待っている家の中に吸い込まれて消えた。

ジミィは再び馬にまたがると、湖に向かう小径を駆けていく。
馬はスピードを増し、やがてカーブを曲がったあと、完全に視界から消えた。




「さて・・・と、そろそろ行くか」

アンソニーは独り言ちた。

もうすぐ日が落ちる。
いくらなんでも暗くなったらまずいだろう。
この辺の地理には不案内だから、早く大きな通りに出て馬車を拾い、シカゴ駅に向かいたかった。
もと来た道を引き返して大通りを目指すと、向こうから馬車がやってくるのが見えた。
それはまっすぐこちらへ向かってくる。

目の前で停まって客が降りた。
なんという幸運だろう!
入れ替わりに乗ることが出来るかもしれない。
御者に代金を払い終わったらしい客に声をかけてみる。

「あの・・・ここで下車されるんですか?」

いきなり声がしたので面食らったのか、客はきょとんとした顔で「そうじゃが」と返してきた。
初老の男だ。

「お客さん、乗りますか?」

今度は御者の声がする。
どうやらアンソニーを乗せたいらしい。

「ええ。ユニオンステーションまでお願いします」
「へい」

次の瞬間、初老の男が馬車から降りてこちらを見た。
やっと視界が開けたのだろう、アンソニーの顔を認めるや、目をパチクリさせる。

「なんじゃい、誰かと思ったらアルバート君じゃないか。こんな時分に馬車で帰るのか?シカゴまでは結構かかるぞい」

また間違えられた!

(これで三回目だ。二度あることは三度あったな)

アンソニーは可笑しくなって思わず吹き出してしまった。

「何がおかしいんじゃ」

いきなり笑われたのが癇に障ったのか、少しだけムッとしたような顔をされたから慌てて詫びる。

「これは失礼しました。なんせ人違いされるのがこれで三度目なので、さすがに参ってしまって」

人違いと聞き、男はまじまじとアンソニーを見つめる。
アルバート君ではないのか?と言いたげに。
そのリアクションが揃いも揃って皆同じ――レイン先生もジミィもこの男も――なので、また笑いが込み上げてくる。